痛みによる気付き

文字数 2,719文字

  冷涼な空気が立ち込める通路を、一人の兵士が前を見据えて歩いていた。その通路は、地下に造られた為か薄暗く、衛生的でない為か壁に所々黴が生えている。
 兵士の足音は、恐ろしい程に良く響いていた。また、無言で兵士が通り過ぎる度、牢に入れられた罪人達が恨みのこもった叫び声をあげる。

 しかし、その罵声に慣れた兵士は、空気を震わせる程の叫び声ですら、全く聞こえていない風に歩み続けた。その後、彼は一番奥に有る牢の前で立ち止まり、そこに入れられている人物の顔を覗き込む。すると、牢中の人物は、何が起きたのかを確かめる為、鉄格子越しに兵士を見た。

「ベネット様に感謝するのだな。あの方の働きが無ければ、貴様は生きて帰れることさえ叶わなかった」
 強い口調で言い放つと、兵士は牢の中に居る人物の目を見据えた。そして、彼は懐に手を入れると、ところどころ錆びて茶色く変色した鍵を取り出す。

 兵士が、それを鍵穴へ差し込んで回すと、耳を塞ぎたくなるような高音が生じた。その音で牢中の人物は反射的に後退りをし、警戒しながらも兵士の目を見る。

「出てくるが良い。無罪との判決が出た」
 そう言うと、兵士は牢中の人物に手を差し伸べた。しかし、手を差し出された当人と言えば、その手を軽く叩き、彼の手に縋ることを無言で拒む。

「俺も嫌われたものだ。だが、総司令に引き渡すまでは、俺で我慢をしておけ。こちらにも、都合というものが有る」
 男から拒絶された兵士は、目線を出口方面へ勢い良く移した。そして、兵士は自分の後についてくる様、仕草で告げる。すると、男は渋々ながら兵士の後を追い、二人は地上へ続く階段に向かって行く。
 
 兵士は、後方に解放した人物が居ることを確認し、執務室のドアを叩く。すると、部屋の中から総司令の返事があり、その数秒後に執務室のドアは開かれた。

 その後、兵士はアークに対して敬礼すると、地下牢から連れてきた人物を彼へ引き渡す。一方、見慣れた顔の男性を引き渡されたアークは、兵士に礼を言い、通常の持ち場に戻るよう指示を出した。指示を受けた兵士は再びアークに対して敬礼し、彼の前から素早く立ち去る。
 
「お久しぶりです。言葉を交わしたのは、この部屋での会話が最後でしょうか」
 兵士が完全に立ち去ったことを確認すると、総司令は眼前に居る男へ話し掛ける。すると、呼びかけられた男は、苦笑いを浮かべながらアークの目を見つめた。

「立ち話もなんですから、部屋に入って下さい」
 そう言うと、アークはザウバーの邪魔にならない位置に立ち、執務室へ入るよう促した。彼の行為を見たザウバーは、ゆっくり部屋の中へ入っていく。

 青年が部屋に入ったことを確認したアークは、素早くドアの鍵を掛け、訪問者の前に立ち塞がる形で立ち直した。

「さて、今日を以て解放と相成りました。ですが、二度とこの様な事が起こらぬよう、私から渡しておく物が御座います」
 ザウバーは、予想だにしなかった彼の行動に戸惑い、ドアの方に後退する。一方、青年が戸惑っていることを気にとめる様子も無く、アークは小さなクリスタルの付いた指輪を手渡した。

「これは、魔を退ける術を施した指輪です。二度と魔物に操られることの無い様、常にはめておいて下さい」
 アークは、半ば威嚇する様な声で話すと、青年の目をきつく見据えた。見据えられたザウバーと言えば、暫くの間まじまじと指輪を眺めた。その後、ザウバーは銀色に輝く指輪を左手の親指へはめる。この時、アークは拳を強く握り、目を細めた。

「それから、もう一つ」
 呟く様に言うと、アークは強く握り締めた拳でザウバーの左頬を思い切り殴りつける。その際、普段から体を鍛えているアークの力が強かった為か、青年の体はいとも簡単に床へ叩き付けられた。
 
 突然殴られたザウバーは、倒れ込んだままの姿勢でアークを睨み付ける。この時、アークは既に剣を抜いており、青年の首元へ鋭い切っ先を向けていた。人へ刃を向けるアークの目は、青年が今まで見たことの無い程に冷たく、生気を感じる事すら出来ない程だった。

 その為、アークの顔つきを見たザウバーは、口を半分開いた状態で体を強張らせ、粘度の上がった唾液を嚥下する。

「如何ですか、今の気持ちは? 漸く、薄暗い地下牢から解放され、安心したのも束の間、見慣れた人間に刃を向けられる気持ちは?」
 冷淡に言い放つと、総司令は青年の目を真っ直ぐに見た。この時、アークの目は、獲物を捕らえた肉食獣の様に輝いていた。敵意を含んだ眼差しで見つめられたザウバーは、依然として身じろぎ一つ出来ずに息を飲む。一方、総司令は剣の切っ先を動かす事無く、青年の顔を見つめ続けた。その後、二人が互いに動く事も言葉を交わす事も無く、ただ時間だけが流れた。
 
「これ以上は止めておきましょう。時間の無駄ですから」
 空が紅色に変わった頃、アークは剣の切っ先を微かに青年の方へ動かす。すると、青年の首に巻かれていたチョーカーが切れ、役目を終えたそれは床に落ちた。

 ザウバーが突然の出来事に対して呆然としている中、アークは切り落としたチョーカーを無言で拾い上げた。それから、アークは静かに剣を収めて姿勢を直す。

「立って下さい。最早、あなたの行動を遮るものは、何も無いのですから」
 青年を見下ろしながら言い放つと、総司令はチョーカーを屑籠へ投げ入れた。ザウバーは、酷く困惑した様子で上体を起こすと、意向を探ろうと、アークの目を見つめる。

「本気で攻撃しようと思っていた訳ではありません。ただ、自分の味方だと思っている人間から攻撃を受ける気分。それを、少しでも味わって頂きたいと思ったのです」
 青年の目線に気付いたアークは、予め用意していおいた台詞を連ねていく。

「ダームとベネット様は、随分悩んだ末にあなたを赦し、あなたとの再会を心待ちにしております。これからは、御二方の信頼を決して裏切る事無き様、お願い致します」
 そこまで伝えると、アークは柔和な表情に戻って微笑んだ。

「ダームとベネット様は、教会の一室で待っております。私が案内致しますので、付いて来て下さい」
 まるで何事も無かったかの様に話すと、総司令は倒れたままの青年に手を差し伸べる。一方、手を差し伸べられたザウバーと言えば、彼の豹変ぶりに困惑し、硬直したままでいた。
 
 それでも、気持ちを落ち着けようと、ザウバーは倒れ込んだまま数回大きな深呼吸を行う。そして、彼は長く息を吐き出すと、差し出された手に掴まった。一方、アークは青年の手をしっかりと握り締め、力強く上方へ引き上げる。

「それでは、参りましょうか」
 アークは執務室のドアを開け、青年へ先に出るよう言った。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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