目を覚ました少年
文字数 2,145文字
ベネットは、一呼吸置いてからベッドの横に立つと、少年の顔を見つめて悲しそうに息を吐き出す。
「このまま、自然に目を覚まさない様なら」
ベネットはザウバーの方を振り返り、彼の目を見た。
「病院に連れて行った方が良いだろうか? ずっと、ベッドを借りている訳にもいかないだろう?」
問い掛けられたザウバーは難しい表情を浮かべ、自らの髪を激しく掻き乱した。彼は、彼女の言葉を何度か咀嚼すると、大きく頷きダームを見る。
「病院に行くかはとにかく、長居は出来ねえな」
彼は自らの考えを簡単に話すと、ベネットの方に顔を向ける。
「そんな暗い顔すんな。第一、俺にそう言ったのは誰だ?」
そう言い放つと、ザウバーは片目を瞑り笑みを浮かべる。対するベネットは面食らったように口を開き、恥ずかしそうに微苦笑した。
「そうだったな。私達が暗い顔をしていては駄目だ」
ベネットは頷き、軽く目を瞑る。それから、彼女は静かに目を開くと、青年の目を見つめ柔らかな笑顔を浮かべた。
二人の会話が一段落ついた時、家主の男性が部屋へ戻った。彼は、ティーポットやカップの乗せられたトレイを持っており、その置き場を確認する為、テーブルを見る。そして、男性はテーブルの端にトレイを乗せると、鍋や籠をその反対側へ押しやった。
「お茶でも」
「うわあ!」
男性が言い終えることの出来る前に、その言葉は喚声によって遮られてしまう。喚声はダームから発せられたもので、ザウバーとベネットは反射的に少年の居る方へ顔を向けた。そこには、目を見開き、上体を起こしているダームの姿が在った。また、少年の額に大粒の汗が浮かび、興奮しているのか瞳孔は大きく開いている。
ダームは、何度か大きな瞬きを繰り返すと、現況を確認しようと素早く周囲を見回した。
「えっと、僕……ごめんなさい」
少年は、消え入りそうな声を発していった。ザウバーとベネットは、少年へ何と返して良いか分からず、無言のまま目線を合わせる。そんな中、二人の様子を見た男性は、カップの一つに紅茶を注いだ。そして、彼はそのカップを右手で掴むと、それをダームの眼前に差し出す。
「はい。ちょっと熱いかもだけど、飲んでみて」
そう伝えると、男性は柔らかな笑顔を浮かべる。ダームは、見知らぬ人物を見た為に困惑するが、カップを受け取ると男性に礼を言った。
「どう致しまして。パンやスープも有るから、お腹が空いていたら食べてね」
言いながら男性は一歩後退し、左手でテーブルの上にある籠を指し示した。すると、ダームは彼の差した先を見やり、それからザウバーの顔を見上げる。無言の眼差しに気付いたザウバーと言えば、前髪を乱暴に掻き、小さく息を吐き出した。そして、彼は腰を折って少年の耳元へ口を近付け、その耳介を軽く掴む。
「お前が倒れちまったからベッドを借りた。つまり、その人は恩人だ。警戒すんな、むしろ感謝しとけ」
言い終えると、ザウバーは少年から手を離し、気怠そうに体勢を立て直す。一方、ダームは目線を男性の方へ向け、それからゆっくり立ち上がった。
「ベッドありがとうございました」
ダームは、そう言って頭を下げた。
「どういたしまして。それより、体調は大丈夫?」
「はい……大丈夫です」
慌てて言葉を発すると、ダームはゆっくりとした呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着けようと試みる。
「なら良かった。ところで、僕って恐いのかな?」
男性は、おどけた風に言葉を紡いた。その問いを聞いたダームは、頭を勢い良く横に振る。
「そんなこと……無い、です。ただ、ちょっと驚いただけで」
たどたどしく言葉を加えると、ダームは軽く唇を噛んだ。それを見た男性は、安心した様に笑顔を浮かべる。
「そっか、驚かせちゃってごめんね。僕はツェリオスって言うんだ、宜しくね」
男性は笑顔を浮かべたまま、少年の前に左手を差し出した。ダームは、差し出された手を一瞥し、それからツェリオスの手を握る。
「僕は、ダームって言います。宜しくお願いします」
言い終えると、ダームは掴んでいた手を離し、深々と頭を下げた。そして、彼は再び頭を上げると、ティーカップを持つ手に力を入れた。
「お二方もお茶にしません? ちょっと、苦いかもだけど」
ツェリオスは、言いながらティーポットを持ち上げ微苦笑した。すると、ツェリオスの言葉を聞いたベネットは、彼の方へ顔を向ける。
「お気遣い有難う御座います。せっかく淹れて下さったのですし、頂きます」
ベネットは、そう返すと柔らかな笑みを浮かべ、そのまま青年の顔を一瞥する。ザウバーは、そんなベネットの視線に気付いたのか、小さく頷くとツェリオスの方へ顔を向けた。
「じゃ、俺も。渋くなろうが、茶は茶だ。苦いだの何だのなんて気にしねえよ」
そう言って笑うと、彼はベネットの目を見つめた。
「語弊が有りそうな物言いだな。まあ、味より心遣いが大切だと加えておこうか」
それを聞いたツェリオスは、乾いた笑いを浮かべる。