大いなる炎の力
文字数 1,859文字
掠れた声を漏らすと、聖霊は脂汗をかきながら、ベネットを睨み付ける。すると、ベネットは落ち着いた様子でフランメに近付き、十字架の先端を喉元へ突き付けた。
「力と力のぶつかり合いでは、到底フランメ様には勝てそうに御座いませんでした」
ベネットは、聖霊に十字架の切っ先を向けたまま、更なる言葉を紡いでいく。
「ですから、卑怯な手段とは思いましたが、隙を突いて御身へ毒を注がせて頂いたのです」
そこまで話すと、ベネットは口角を上げ、ゆっくり息を吸い込んだ。
「だが、カニファの力によって何らかの動物を介し、毒を注ぎ込んだにしても、聖霊である私をこれ程までに追い込むとは」
フランメは、荒く早い息を繰り返しながら声を発した。その苦しそうな表情から、先程までの余裕は感じられない。
「お褒めに与り光栄です。確かに、私はカニファ様の力を使って毒を注ぎ込みました。炎に包まれた瞬間から、その毒が御身に回りきる時まで絶える事無く」
ベネットは、眼前で倒れている聖霊を見つめながら、淡々と言葉を紡いでいった。その話し方は、聖霊達に対して敬意を払いながらも、どこか勝ち誇った様に力強い。
「なる程な。まさか、攻撃に回っているとは思ってもみなかった。いや、そう思わせる為、敢えて私の攻撃を回避出来なかった様に見せたか」
フランメは、辛そうに目を瞑ると、途切れ途切れに言葉を絞り出す。
「だとしたら、完全に私の負けだな。悔しいが、聖霊の力を与えよう。少し苦しいかも知れないが、それも一瞬だ」
喘ぎながら言葉を紡ぐと、聖霊は眼前に居るベネットの目を見据えた。すると、ベネットの体は青白い色の炎に包まれ、その髪は炎の勢いで上方へはためき始める。
そして、体を包んだ炎が消えた時、ベネットは何かを確かめる様に自らの手を眺めた。彼女は、その手を強く握り締めると、大きな深呼吸を繰り返しながら目を瞑る。
「死をも制する赤き鳥よ、我が魔力を糧に具現せよ……ハーネウ・アンスト!」
詠唱が終わった時、全身に紅蓮の炎を纏った鳥が現れ、召喚者を中心に旋回しながら羽ばたき続けた。その鳥が暫く周囲を飛び続けた後、ベネットは目線を軽く上方へ移し、十字架を自らの眼前に立てて目を瞑る。すると、空中を舞う朱い鳥は、ベネットの頭上でゆっくりと羽ばたきながら静止した。そして、その朱い鳥が高く鋭い声をあげると、淡い紅色の光が周囲を包み込む。
その光は仄かに暖かく、それでいて息をするのが楽しくなるほどに澄んでいた。
「敵まで回復させるとは、なかなか面白い人間だね」
魔法の効果か、すっかり顔色の良くなったフランメは、ゆっくり立ち上がると詠唱者の目を見つめる。
「いえ、そもそも敵とは思っておりません。ただ、その御力を分けて頂く為、多少手荒な行為に出ただけです」
ベネットは胸に手を当てながら軽く目を瞑り、聖霊の問い掛けに答えを返した。
「本当に面白い。これなら、我が力を存分に使いこなしてくれそうだ」
そう言い残すと、聖霊はベネットに背を向けて歩き出した。そして、数歩進んだ所で聖霊の色は段々と薄くなり、ついには空気と同化したかの様に消え去った。
「さて、聖霊の力も手に入れたことだ。そろそろ街に戻るとしよう」
ベネットは、倒れ込んでいる青年の元に歩み寄ると、彼の眼前に手を差し伸べる。すると、彼女の行動に気付いたザウバーは、苦笑いを浮かべながら差し出された手をしっかりと握り締めた。ベネットは、その大きな手を強く握り返すと、勢い良く上へ引き上げる。
「大したもんだよな。炎に包まれたかと思ったら、聖霊をねじ伏せた上に、新しい回復魔法まで使ってみせるなんて」
ザウバーは、服に付着した埃を払いながら、ベネットの目を優しく見つめる。その表情は依然に比べて明るく、先程発動した魔法の効果が現れている様だった。
「新しい回復魔法は、フランメが暗に示していたからな。それに、とどめを刺したのは獣聖霊の力であって、私自身のものではない」
青年の話を聞いたベネットは、そう返すとゆっくり首を横に振る。
「兎に角、色々と話すのは街へ戻ってからにしよう。この様に暑い場所では、居るだけで体力を消耗してしまう」
一つの提案を述べると、ベネットは仲間の顔を交互に見やる。その後、二人から肯定の返事を得たベネットは、腕を上に向けて軽く背伸びをすると、出口へ向かって歩き出した。
すると、その光景を見たダームは軽い足取りでベネットの後を追い掛けて行き、ザウバーは仲間を後ろから見守る様に、ゆっくりと歩き始めた。