丁寧な暮らし、爺ばーじょん
文字数 1,919文字
(またか)
顔を横に向け、ベネットは寝たままの姿勢で状況を確認しようとする。すると、その左側に濃い褐色をしたドアが有り、そのノブだけが不思議と金色に輝いていた。また、右側に窓が有り、藍色のカーテンがかけられている。カーテンはきっちりと閉められ、生地も厚い為、外部の様子は確認出来ない。この為、ベネットは大きく息を吐き出すと、つまらなそうに片目を瞑った。
ベネットが眠そうに目を瞑りかけた時、部屋に軽くドアを叩く音が響く。それを聞いたベネットは目を開け、音のする方へ目線を送った。
「失礼します」
どこか間の抜けた声と共に、初老の男性が部屋へ入ってくる。男性は、小ぶりの鍋とティーセットを乗せたトレイを持っており、微かによろめきながら歩みを進めている。
「儀式を行った際、かなりの体力を消耗したと聞いたので」
男性は、トレイをベッド横の台に置き、開いた左手で腰を叩いた。ベネットは、心配そうに男の顔を見上げ、両手に力を入れて上体を起こす。
「司祭様」
「嫌ですね。この年になると、あちこちにガタが来てしまって」
話を遮る様に言うと、司祭は顎に手を当てながら苦笑する。
「久しぶりに、お茶を楽しみましょう。栄養たっぷりのスープも作ってきました」
司祭は二つのカップに茶を注ぎ、その一つをベネットへ手渡した。彼は、部屋に在った椅子をベッドサイドへ移動させ、腰を下ろす。
「さ、遠慮なく」
そう言って微笑むと、司祭は台に置かれたカップを手に取る。彼は茶を軽く吹いて冷ますと、カップへ口を付けた。ベネットは、一拍開けてからカップに口を付け、そのまま温かな液体を口に含む。彼女は、静かに茶を飲み込むと、司祭の顔を見つめた。
「最近、趣味としてハーブを育て始めましてね。香りの良いものや、体に優しいハーブを使ってみました。甘さは控えめですが、不味くは無いでしょう?」
司祭は照れくさそうな笑みを浮かべ、カップを置く。
「はい、程良く甘くて美味しいです」
「それは良かった。何分、最近始めたものですから、配合に自信が無くて」
自嘲気味に話すと、司祭は持ち込んだトレイに目線を落とす。
「スープは、作り慣れているから良いのですが……食欲は有りますか?」
ベネットはその問いに小さく頷き、それを見た司祭はゆっくり立ち上がった。それから、司祭は鍋の蓋を開け、その中に入れられたレードルで鍋の中身を攪拌する。程良くスープを混ぜ合わせると、司祭はそれを深皿に注いだ。彼は、深皿を一旦トレイの上に置くと、鍋の蓋を閉めてベネットの顔を一瞥する。
「少々、冷めてしまいましたか」
司祭はスープ皿を持ち上げ、掌でその温度を確かめる。彼は、その温度を確かめた後、口を閉じたまま小さく唸った。
「冷めていても平気です。熱すぎても困りますし」
ベネットは、そう司祭に話し掛けると、スープの注がれた深皿を取ろうとした。しかし、その手が深皿へ届くより前に、ベネットはバランスを崩し、上体を打ってしまう。それを見た司祭は慌ててベネットの体を起こし、心配そうに口を開いた。
「駄目ですよ、無理をしては。ただでさえ、旅は沢山の体力を使うのですから」
司祭はベネットから手を離すと、目を細め小さく咳払いをする。
「今回に限らず、帰った時くらいはゆっくりして下さい」
そう伝えると、司祭は微笑しながら深皿をベネットに手渡した。ベネットは司祭に礼を述べ、温くなったスープを飲み始める。
「体のことを考えて、調味料は一切使っていません。その代わり、素材の味が感じられると思いますよ」
司祭はベネットの顔を覗き込み、その反応を探ろうとする。そんな彼の視線に気付いたベネットは、深皿に入ったスープを飲み干すと、軽く口元を拭った。
「確かに、野菜の甘みや鶏肉の旨みが感じられます。調味料を使っていないとはいえ、ここまで素材の味を感じられるとは……相当な時間がかかったのでは無いですか?」
そう問い掛けると、ベネットは申し訳無さそうに目を伏せる。ベネットの仕草を見た司祭は微笑し、台に置かれた鍋を横目で見た。
「それがですね、案外時間は掛からないのですよ」
司祭は、言いながら鍋を持ち上げ、その蓋を人差し指で軽く叩く。
「この鍋、最近買ったものなのですが、加熱時間が短く済むのが売りらしくて」
そう説明をすると、司祭は楽しそうな笑みを浮かべ、鍋を元の場所に戻した。