力の差と仲間の絆と
文字数 2,323文字
ザウバーは、腕を前方に伸ばしたまま叫び声をあげた。ザウバーの必死な声を聞いた仲間は、その声へ応える様に、彼の背後に移動する。
ザウバーの魔法によって、三人は紅蓮の炎によって焼かれることを免れた。しかし、あまりにも炎の勢いが強すぎる為か、ザウバーは徐々に後方に押されていき、張られた結界の範囲も狭くなっていく。
周囲を炎に囲まれている為か、三人の息は早く荒くなっていき、今にも気を失ってしまいそうだった。中でも、大きな結界を出し続けているザウバーは、体力的にも精神的にも限界がきているのか、手足を小刻みに震わせ始める。
その状態に気付いたベネットは、青年を助ける魔法を使う為、魔力を集中し始めた。この時、炎を吐き続けていたドラゴンは、一旦その攻撃を止め、大きく息を吸い込み始める。
炎から解放されたダームは、聖霊の方へ駆け寄りながら短剣を取り出し、その刃をドラゴンの腹部へ突き刺した。
「そんな短剣で、何が出来るっていうのさ!」
少年の行動に気付いたフランメは、その攻撃を嘲笑う様に声をあげる。しかし、彼女の意に反して、先程まで炎を吐き続けていたドラゴンは、まるで昇華したかの様に消え去ってしまう。すると、ドラゴンに乗っていたフランメの体は、垂直に落下を始めた。
「シェルファング!」
ベネットは、少年が作り出した好機を逃すまいと、聖霊が地面に落ちた瞬間を狙って呪文を唱えた。すると、対抗手段の無いフランメは、何十本もの牙で出来た檻の中に閉じ込められてしまう。
「彼の者を癒したまえ……ゲネーゼン!」
ベネットが詠唱を終えると、三人の体は淡く暖かな光に包まれた。すると、それにより体力が回復したのか、三人の呼吸は落ち着いたものになっていく。
「凄いね。私を捕らえたと思ったら、直ぐに仲間へ回復術をかけるなんて」
フランメは大きく息を吸い込み、崩れた体勢を立て直す。檻の中で立ち上がったフランメは勢い良く両腕を広げ、それをきっかけとするように檻は一瞬にして燃え上がる。そして、その炎が消えた時には、フランメの周囲に微かな灰が残るのみとなった。
「でも、まだ聖霊の力は使いこなせていないようだね。こんなにも容易く、脱出出来るのだから」
そう言い放つと、フランメはベネットの目をじっと見る。
「回復術にしても、使える種類が多く無いみたい。それじゃあ、仲間が死にかけた時に何も出来ないよ?」
そこまで話すと、聖霊はベネットに対して右手を翳した。すると、ベネットの足元からは紅蓮の炎が生じ、一瞬のうちに彼女の体は業火に飲まれてしまう。その光景を見たザウバーは、ひどく慌てた様子で大量の水を生じさせた。しかし、その炎の勢いが強いせいか、焼石に水であった。
それでも、ザウバーは仲間を失わない為、幾度と無く燃え盛る炎に対して水を浴びせかける。そして、ついに魔力が底を突いた時、彼は体を小刻みに振るえさせながら、その場に膝をついてしまった。その上、炎の勢いは徐々に増し、驚いて身じろぎ一つ出来ないダームにまでも襲い掛かっていく。
「避けろ!」
炎に飲み込まれようとする少年を助ける為、ザウバーは残された力を振り絞り、立ち尽くしているダームの体を突き飛ばす。しかし、その時に勢いをつけ過ぎた為か、彼の体は思い切り地面に叩き付けられ、数回地面を転がる事になった。ザウバーは、その激しい打撃に激しく咳き込むと、倒れ込んだまま動きを止める。
一方、間一髪の所で炎から逃れたダームは、突き飛ばされた際に尻餅をつき、そのままの姿勢で茫然としていた。数秒後、青年の事が心配になったのか、ダームはよろめきながら立ち上がる。それから、彼は青年が横たわっている方へ向かっていった。
ダームは、青年の息が荒く体力の限界に達している事に気付くと、フランメの前に立ち攻撃に対して身構えた。その澄んだ瞳には、フランメの姿がしっかり捉えられ、戦うことへの迷いや恐怖は消え去った様だった。
「魔法を使えない子に、私を倒すのは難しいわよ」
「出来るか出来ないかなんてどうでもいい。僕は、仲間が傷付くのなんか見ていたくない。それに、何もやらないで後悔するより、やって後悔する方が格好いいんだから!」
ダームは、迷う事無く言い放つと、剣の柄を強く握り締める。そして、ゆっくりと半歩前に出ると、息を荒くしながら歯を食いしばった。
「やる気だけは認めてあげる。でも、ちょっと本気を出すのが遅かったみたいね」
少年の精一杯な台詞を聞いたフランメは、彼の方へ目線をやる。その後、フランメは両目を瞑ってベネットの方に顔を向けると、安心した様子で笑みを浮かべた。
「咄嗟の判断や回避術には長けている様ね」
フランメは、炎魔法を振り解いた相手に対し、感歎の声を漏らした。
「いいえ。私も、まだまだでしょう。真に力を使いこなせているのなら、仲間を窮地に追い込むことなど無いでしょうから」
無傷で炎から脱出したベネットは、そう言うと右手を大きく振るい、先端に菱形のクリスタルを供えた十字架を生じさせる。そして、目を丸くしている少年の方を向いて微笑むと、ゆっくりフランメの方へ歩み寄った。
「私の攻撃を免れたのは称えるべき事だ。しかし、防戦一方では何も変わらないのも、また事実」
聖霊は、威嚇する様に言い放つと、べネットの目を真っ直ぐに見つめる。
「そうですね。では、そろそろこちらからも攻撃させて頂くとしましょう」
怯む事無く言い返すと、ベネットは聖霊の燃える様に赤い瞳を見つめ返した。そして、瞳を見つめたままフランメに近付くと、間合いを取る形で立ち止まる。その刹那、フランメは低い呻き声を漏らし、その場で膝をついて倒れ込む。