魔族と使い魔
文字数 2,379文字
一人は、気を失っている女性で、その全身を黒い蔓の様なもので拘束されている。その黒い物質は、大人の親指ほどの太さを持ち、女性の華奢な腕や脚へ何重にも巻き付き自由を奪っている。また、胴体部分は腰の細くなっている部位が重点的に縛り上げられており、それより上部は拘束されていなかった。その為か、女性が息をする度に、胸部は大きく前後している。
もう一人は黒髪の男性で、縛り上げられた女性を満足げに眺めていた。その男の眼光は鋭く、瞳は妖しげな紫色をしている。男は、左手をゆっくり伸ばすと、女性の黒髪を優しく掴み、自らの口元に運ぶ。すると、女性は目を開き、男の顔を見た。
「おはよう。良く眠れたかな?」
そう言うと、男は掴んだ髪に軽く口付けをする。それから、彼は艶笑を浮かべ、女性の瞳をじっと見つめた。
「一体、何のつもりだ?」
苛立った様子で言い放つと、女性は全身を拘束しているものから逃れようと体を動かした。しかし、女性が目一杯の力を込めたところで、その黒い物質はびくともしない。一方、その様子を眺めていた男性は、一歩後退すると軽やかに指を鳴らす。すると、その音を合図とする様に、締め付ける力は強くなり、女性は苦悶の表情を浮かべた。
「口の聞き方には、気をつけた方がいいよ? それに、僕にはヴァリスっていう名前が有る」
男性は揚々と言葉を紡ぐと名を明かした。
「そうそう、逃げようと思っても無駄だよ? さっきも言ったけど、壁は固いし、唯一の入口には魔法をかけてある」
そこまで話すと、ヴァリスは後方を振り返った。
「一見、どこにでも有りそうな扉だけど、触れることさえ叶わないからね」
ヴァリスは、女性の横へ移動すると顎を前後に動かし、扉へ注意を向けさせた。すると、女性の瞳には、何の変哲もない黒色の扉が映し出される。その扉には、上方に大きな覗き窓が付いており、脱出を防止する為の格子が嵌められていた。
「まあ、良く見てなよ」
ヴァリスは目線を落とし、地面から小石を拾い上げる。冷笑を浮かべると、ヴァリスは小石を扉へ向けて弾き飛ばした。投げられた小石は、扉を目掛け真っ直ぐに飛んでいく。ところが、扉へ触れる直前に紫色の電流を浴び、小石は勢い良く弾き返された。
「面白いでしょ。あれが人間だったら、気絶させてから吹き飛ばすんだ。勿論、その衝撃では死なない程度にね」
ヴァリスは女性の前に立ち、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「それに、君を縛っている子。僕の使い魔でね。僕の言うことなら何でも聞くんだ」
ヴァリスが話した瞬間、女性の首に黒い蔓の様なものが巻き付き、細い首を締め上げる。女性は、体を動かして苦しみから逃れようとするが、きつく巻き付いているそれが外れることは無かった。
「それに、形を自由に変えられるから、色んなことが出来るんだよ?」
そう言うと、ヴァリスは苦しみによって歪んだ女性の顔へそっと手を触れる。すると、それを合図とする様に、女性の首に巻き付いていたものは、力を緩め離れていった。女性は、目に涙を浮かべながらも、足りない酸素を補う様に大きな呼吸を繰り返した。
「例えば」
ヴァリスが呟くと、使い魔の一部は鋭く尖り、その先端部は女性の首へ触れる。そして、切っ先は柔らかな皮膚を切り裂いていき、女性の首筋に大きな切り傷が作られた。その傷から温かな血が流れ出し、女性の白い衣服を赤く染め上げていく。
「こういうことも……ね?」
ヴァリスが言い放つと、女性は悔しそうに唇を噛み、目を伏せる。すると、ヴァリスは冷笑を浮かべながら女性の右頬に触れ、その顔を正面に向かせた。
「その表情。もっと虐めたくなっちゃうよ」
ヴァリスは唇を女性の左耳に近付け、囁く様に言葉を紡いでいく。更に、彼は女性の首に口付けをすると、先程つけた傷に沿って舌を這わせていった。女性は、その刺激に眉をひそめ、小さく体を震わせる。
ヴァリスは、女性の首筋から舌を離すと、口の周りに付着した赤い液体をゆっくり舐めとった。そして、彼は女性の瞳を見つめ、首を傾けながら艶笑を浮かべる。
「君って面白いね。ここまでやったら、大抵の子は壊れ始めるのに」
ヴァリスは、そう話すと女性の下唇に指を当てる。
「始めは元気に騒いでいた子も、逃げられないことを悟ると泣きながら懇願するんだ」
冷ややかに笑うと、彼は指を唇に這わせていった。
「勿論、縛り上げられた時点で壊れる子も居る。だけど、気丈な子程、懇願する姿が可愛いんだよね」
ヴァリスが言い終わった瞬間、再び使い魔は女性の首を切り裂き、女性はその痛みに声を漏らした。切り傷は、先程の傷と交差する様に作られており、温かな血液を流し始めている。
「色んな所から涙を流して、何でもするから……とか言ってさ? 最初は、僕に暴言を吐いていた様な子がそう言うんだ。楽しいでしょう?」
そう言うと、ヴァリスは新しく作られた傷へ自らの指を滑らせる。すると、女性は強く目を瞑り、痛みを堪える為に歯を食いしばった。
「君も壊れちゃえば? そうすれば、楽になれるよ」
含み笑いを浮かべると、ヴァリスは女性から手を離し、指先に付着した血を舐めとった。出血の為か女性の息は荒く、緊張しているせいか額に大粒の汗が浮かんでいた。それでも、女性はヴァリスの目を見据えると、彼の言葉を否定するかのように一笑する。
ヴァリスは女性の瞳を見つめ鼻で笑うと、自らの顔を勢い良く女性の顔へ近付けた。その為、今や二者の距離はぶつかりそうな程に近く、女性の荒い吐息はヴァリスの口元へ否応無しにかかっている。
「余裕だね。今まで沢山の子達と遊んできたけど、こんなに楽しいのは初めてだよ」
ヴァリスは目を細め、小さく首を傾げてみせる。そして、彼は口角を上げて微笑むと、音も無く後方に移動した。