思考力の差
文字数 3,139文字
共通点と言えば、どの牢にも堅牢そうな鉄格子がはめられており、その隙間から中の様子を窺い知ることが出来ることだった。この為、ザウバーは一番近い牢に近付くと、その中に居る男を観察する。その男は、俯せに倒れたまま動かず、近付いてくる者の気配に反応すら見せない。
「死んでんのか?」
ザウバーは男の生死を確かめようと、低い声で話し掛ける。しかし、その男からの反応は無く、ザウバーは大きな溜め息を吐いた。それから、彼は辺りを見回し、左の牢へ目線を移す。
すると、その牢では痩せ細った男が、惚けた表情を浮かべ牢の中を歩き回っていた。その男は、延々と円を描くように動いており、その異様な光景にザウバーは眉をひそめる。その後、ザウバーは強く頬を叩くと、目線を右の牢へ移す。
その牢には、膝を抱えて座り込む男の姿が在った。その男の髪は白く、体中に痛々しい傷が刻まれている。また、それらの傷は新しく、その痛みのせいか男の呼吸は荒かった。男の状態を見たザウバーは、白髪の男の前へ移動する。
「おい、大丈夫か?」
ザウバーの声を聞いた男は、少しの間をおいてから、ゆっくりと顔を上げる。その男の表情に覇気が無く、うっすらと開かれた瞳は焦点が合っていない。
「あれー、ちゃんと閉じ込めておいたのに。ま、またぶち込めばいっか」
高い声の少女は、両腕で少年を抱えている為か、以前よりは動きが鈍い。また、抱えられている少年は気を失っており、その四股は力無く垂れ下がっている状態である。それでも、ザウバーは先程起きた事を警戒し、直ぐに彼女の挙動に対して身構えた。
「だって、あんな弱い人間、ライチェちゃんの敵じゃないもん」
そう言って笑うと、少女は抱えていた少年を乱暴に地面へ下ろす。その際、下ろされた少年は小さく声を漏らすが、目を覚ますことは無かった。
「うっせえよ。さっきは、油断しただけだ。女子供に、本気出したくねえからな」
そう吐き捨てると、ザウバーは余裕の笑みを浮かべる。そして、彼はライチェの目を見据えると、彼女が居る方へ走り出した。すると、ザウバーがライチェの所へ着くよりも前に、少女は素早く後方に移動する。
「だからー、遅いってば」
ライチェは腹を抱えて笑い始めた。しかし、ザウバーは彼女に目をくれること無く、地面に倒れている少年の肩を激しく揺さぶる。その際、少年は微かに眉を動かすが、目を覚ましはしなかった。
「おいこら、真ん中で寝てんじゃねえ」
この為、ザウバーは少年の頭を強く叩いた。すると、少年は目を開き、ザウバーの顔をぼんやりと眺める。
「ライチェちゃんを……無視するな!」
そう叫ぶと、ライチェは苛立った様子で手足をばたつかせる。その時、彼女の目は血走っており、暴れた為か髪は乱れていた。一方、ザウバーは呆れた様子で首を振ると、少年の腰に携えられた剣を抜き取る。
「暫く借りるぞ。てめえは、適当に逃げとけ」
剣の切っ先をライチェへ向けると、ザウバーは笑みを浮かべた。
「心配しなくても、ちゃんと相手してやるよ。町でやられた借りも、返さなきゃならねえしな!」
そう言うや否や、彼は剣を力強く振りかざす。それから、彼はライチェに走り寄ると、剣を素早く振り下ろした。
だが、剣がライチェに当たる筈も無く、その刀身は虚しく空を切った。
「だから、遅いんだって。馬鹿なの?」
軽々と攻撃を避けたライチェは、ザウバーの目を見て憫笑する。
「さあな。それは全ての攻撃が終わった時に、分かるんじゃねえ?」
ザウバーはライチェの目を見据え、口角を上げる。
「どっちが、馬鹿なのか!」
剣の柄を強く握り締めると、ザウバーは再度ライチェへ向かっていった。それから、彼は何度も剣を振り下ろしていくが、そのどれもがライチェに当たることは無かった。そのせいか、何時しかライチェは笑い出し、その声は徐々に大きくなっていく。そうこうしているうちに、後方へ下がり続けていたライチェは、行き止まりに到達する。
「さて、そろそろ終わらせようじゃねえか」
すると、それに気付いたザウバーは、剣を構えライチェの目をじっと見た。剣を振るう行為に慣れていないせいか、彼の息は荒く、額に大粒の汗が浮かんでいた。
「そだね。もう、アンタと遊ぶの飽きたし」
一方、ライチェはザウバーを馬鹿にする様に舌を突き出してみせる。
「初めて気が合ったな。だが、容赦はしねえ!」
そう言い放つと、ザウバーはライチェの返事を待つこと無く、剣を振り上げる。しかし、その剣が振り下ろされるよりも前に、ライチェは身を翻し、ザウバーの背後へ移動した。
「おっしまーい!」
そして、ライチェの嬌声が響いた刹那、彼女の衣服は赤色に染まり始めた。この時、ライチェの背中には深々と剣が突き刺さっており、剣を突き刺した本人は彼女の背中に乗っていた。
「静かなる命の守護者よ。我に力を貸したまえ」
ザウバーが間髪を入れずに言うと、瞬時にライチェの体は青々とした蔓に拘束される。その蔓は、ライチェの自由を奪い、尚も小さな躰を締めつけ続ける。すると、ライチェは痛みと苦しさに顔を歪めた。
「なん……で? 確かに、前……に」
ザウバーはライチェの背中から離れると、ゆっくり体勢を立て直す。そして、彼は剣の柄を掴むと、ライチェの背中から武器を勢い良く引き抜いた。すると、ライチェの背中からは血が溢れ出し、彼女の指先は痙攣し始める。
「俺様の頭の方が良かったってことだ。それに、ガキを騙すのなんか簡単なんだよ」
そう言い放つと、ザウバーは突き立てた指を、ライチェの体へ向ける。この際、何か言い返そうとしたのか、ライチェの唇は震えるように動いた。しかし、彼女の口から漏れるのは荒い呼吸音ばかりで、何らかの言葉が発せられることは無い。
「じゃあな」
ザウバーが呟くと、蔓による締め付けはいっそうきつくなっていった。そして、その蔓はライチェの体へ食い込んでいき、彼女の体は数十の肉片へと変化する。
すると、ライチェを拘束していた蔓も消え、血の海とそこ海に浮かぶ肉塊という名の島が残された。この時、ザウバーは力を使い果たしてしまったのか、力無く地面に腰を下ろす。また、彼の体は震えており、瞳孔は大きく開いていた。そして、彼は視界を遮るかの様に目を瞑り、深呼吸を繰り返した。
暫くして、気持ちや呼吸が落ち着いた時、ザウバーは静かに目を開く。それから、彼は大きく息を吸い込み、眼前に有る赤色の物体を端からゆっくり眺めていった。そして、彼は肉塊の陰に金属らしきものを見つけると、剣を支えにして立ち上がる。その金属は、ザウバーの居る側からは環状をしている様に見え、彼は剣の切っ先をその物体へ向ける。
ザウバーは、環状の金属を器用に剣へ引っ掛けると、そのまま手前まで移動させた。それにより、肉塊から引き出された物体は全体が露わになり、それを確認したザウバーは笑みを浮かべる。
引き出された物体は鍵束で、その鍵を使えば捕らえられた人達を助けられる可能性が高い。この為、その鍵を使おうと考えたザウバーは、血が付着していない部分を選び、それをつまみ上げた。それから、彼は剣を後ろ手に持ち直すと、踵を返して歩き始める。
暫く歩いた後、ザウバーは剣の持ち主の元へ到着する。持ち主は、呆けた表情を浮かべて座っていたが、ザウバーの存在に気付くなり立ち上がった。そして、彼はザウバーの方へ駆け寄ると、無言でその胸に顔を埋める。彼は、ザウバーの上着を強く握ると、顔を上げて口を開いた。