少年の孤独
文字数 1,585文字
ダームは、アークの方を振り返り、頷く事によって返答する。
「先ずは、売店ですかね。あの店は、お腹が空いた時に重宝しますよ」
アークは、そう言って少年の手を取り、ゆっくり歩き始めた。その後、アークは一番近くに在る洗面所や病院内の売店を巡り、少年は静かに彼の後を追った。
暫くして院内施設の説明を終えたアークは、ベネットの居る病室へ戻った。
「一般利用可能な院内施設の場所や使い方は、全て説明し終えました。これから、私は任務に赴かねばなりません。暫くは戻れませんので、今の内に聞いておきたい事は御座いますか?」
ダームは首を傾げ、数秒の間アークに返す言葉を模索した。
「今のところは無いです。アークさんが丁寧に説明してくれたから」
ダームは、そう返すと微笑んだ。
「それでは、私は本来の任務に戻りますね。もし、疑問や不安な点が御座いましたら、院長に言って下さい。彼女なら、ベネット様の病状を把握しておりますし、私と連絡もとれますから」
そこまで告げると、アークは病室から立ち去った。ダームはアークの背中を無言で見送り、寂しそうに大きく息を吐き出す。
「僕の呼び掛けには、不思議な力が有るみたいだし、ベネットさんに話し掛けてみよう」
足音が聞こえなくなった頃、ダームは自らを鼓舞する様に呟いた。彼は、ベネットが横たわっているベッドに歩み寄ると、近くに有る椅子へ腰を掛ける。
「あのね、ベネットさん。ようやく、僕は一人じゃないんだって気付いたんだ。ベネットさんが酷い怪我をして倒れて、ザウバーは捕まっちゃって。僕は、一人ぼっちになったんだと思ってた」
そこまで伝えると、ダームは軽く目を瞑り、ゆっくり息を吸い込んだ。
「でも違った。僕には、アークさんも居るし、アークさんの幼なじみのルキアさんだって居る。だから、僕はもう泣かない」
ダームは、途切れ途切れに話すと、血の気がひいた白い手を、自らの両手で包み込んだ。
「そうそう、アークさんてね。剣も魔法も使えて、警備兵の総司令で、すごく格好良いんだよ」
ダームはベネットの手を握り、思いつくままに他愛ない話を続けていく。依然として反応の無いベネットに、ダームは悲しそうな表情を浮かべる。だが、それでも彼は話し掛けることを止めなかった。
「それでね」
「失礼致します」
空の色が赤く染まった頃、白服を身に纏った男性が、簡単な造りのベッドを押しながら病室に入ってきた。ベッドには四つの車輪が付いており、それが動く度に高い音を発している。
運ばれたベッドは大きくなく、体格の良い男性であれば寝るには窮屈な程であった。また、ベッド上に薄手の布団が乗せられており、それは綺麗に折り畳まれていた。
「簡易ではありますが、ベッドを用意致しました」
運んだベッドを病室の入口付近に置くと、男性は一礼をして去った。一方、物音と呼び掛けに気付いたダームは、軽く髪型を直しながら振り返る。しかし、礼を述べるべき人物が去っていた為、ダームは残念そうに溜め息を吐いた。
ダームは苦笑いを浮かべながら立ち上がり、今まで座っていた椅子を病室の端に寄せる。それから、彼は用意されたベッドを引き、病室の中程まで移動させた。
ダームは、移動させたベッドの縁に腰を下ろすと、両掌を頬にあててベネットの顔を見つめる。彼は、そのまま恥ずかしそうに笑うと、再び他愛無い話を続けていった。
そうしているうちに、病室の外を行き交う者も現れた。しかし、ダームはその物音を気にすることなく、ひたすらベネットに言葉を掛けていく。
「じゃあ、外が真っ暗になっちゃったし、せっかくベッドを用意して貰ったから寝るね」
外界が闇と静寂に包まれた頃、ダームは自分の為に用意されたベッドへ潜り込んだ。それから、彼は大きく息を吐き、静かに目を瞑る。