ヘイデル総司令は街の中間管理職
文字数 1,877文字
「入口を締め切っていたにも関わらず、侵入者が現れた。大司祭様の命で、侵入者の処遇は私に委ねられた。そう聞いて来てみれば、その侵入者は貴方達でしたか」
総司令は、呆れた表情を浮かべながら溜め息を吐くと、ダームとザウバーに言葉を掛け始める。総司令は左手で頭を抱えると、目を細めて少年の顔を見た。
「ごめんなさい! 大切な仲間が酷い怪我をしたから、回復魔法を使えるアークさんに治して貰えないかと思ったんだ」
アークの台詞を聞いたダームは、どこか怯えた様子で言葉を発した。少年は、困惑しながらもアークの目を見つめ、そのまま再び口を開く。
「もっと冷静に考えられれば良かったんだけど、ベネットさんが、仲間が死んだらって考えたら、訳が分からなくなっちゃって」
彼の話を聞いたアークは目を見開き、それから心配そうな表情を浮かべる。アークの表情を見たダームは、一瞬安心した表情を見せた。しかし、直ぐに申し訳無さそうな表情を浮かべて俯いてしまう。
「怪我をされた方が居ることも聞きましたから、大体の事情は分かります」
アークは、そう言うとダームの目を見つめ、柔らかな笑顔を浮かべる。
「ですが、もし大司祭様や私が居なかったら、侵入者として捕らえられていた事を肝に命じておいて下さい。大司祭様も私も、ヘイデルに常駐している身では御座いませんから」
そこまで話すと、アークは気怠そうに溜め息を吐く。
「詳しい事情を伺う為に、私の執務室まで来て頂けますか? 此処では、落ち着いて話も出来ません」
一通り話し終えると、アークは柔らかな笑みを浮かべた。彼の話を聞いたダームは、表情の変化に戸惑いつつも頷き、涙を拭って立ち上がる。
「それに、深くないとはいえ、ダームも怪我をされている様です。事情はどうであれ、一度休憩した方が良いでしょう」
少年の困惑に気付いたアークは、出来るだけ優しい声で話した。その後、アークは少年らの方へ歩み寄り、ダームの肩を軽く叩く。
「では、移動しましょう」
アークは歩き出し、それをダームとザウバーが追った。
数分後、二人を執務室に案内したアークは、緊張した面持ちのダームを優しく見つめる。
「紅茶と茶請けを用意するよう、部下へ命じました。詳しい事情は、それらが来てからお聞きします。先ずは、傷を見せて頂けますか?」
彼の話を聞いたダームは、緊張の糸が切れたせいか、しゃくりあげる様に泣き始めた。
「傷が痛むのですか?」
何も言わずに泣きじゃくっている少年を見たアークは、心配そうな表情を浮かべた。
「そうじゃなくて、安心したら、何だか涙が止まらなくなっちゃった」
アークの顔を見ると、ダームは苦笑しながら涙を拭った。泣いていたせいか彼の目は赤く腫れ、その目元には乾いた涙がこびり付いている。
「此処へ到着する迄に、相当お辛いことが有ったのですね」
か細い声を聞いたアークは、少年の潤んだ目を見つめながら話し掛けた。
「先ずは、その椅子に座って傷をみせて下さい。特殊魔法によるものや、余りに酷い傷以外なら、私でも治すことが出来ますから」
アークは部屋に在る椅子へ向けて右手を伸ばし、少年にそこへ座るよう伝えた。一方、ダームは上着の袖で涙を拭うと、アークが指し示した椅子に腰を掛ける。
ダームが椅子に座った後、アークは少年の前で膝を付き、小さな右手を優しく掴む。そして、彼はダームの手に出来た傷を間近で見るなり、怪訝そうに目を細めた。
「この瘢痕は」
「失礼致します」
アークが怪我の状態を確かめようとした刹那、部屋の外から声がし、執務室のドアは開かれる。部屋の外には、一人の警備兵が緊張した面持ちで立っており、ぎこちない仕草で敬礼をした。
「シタルカー総司令、大司祭様がお呼びです。至急、教会へ向かって下さい」
相当慌てていたのか、兵士は反応を待つことなく、総司令へ伝えていった。
一方、アークは声のする方を振り返ると、そこに立つ兵士の目を真っ直ぐに見る。
「了解した。直ぐに向かおう」
彼は、警備兵の目を見つめたまま、低い声で答えを返した。
「御二人共すみません。大司祭様から、お声が掛かりました。立場上、大司祭様の命を断ることは出来ません。ですから、申し訳御座いませんが、任務が終わるまでこちらでお待ち下さい。なるべく早く戻って来られる様に致します」
アークは、そう言って頭を下げると、足早に執務室から立ち去った。