報告と作戦
文字数 2,477文字
また、その腰に剣が備え付けられており、攻撃から身を守る為か、腕や脛には金属製の防具を身に付けていた。ベネットは、直ぐに男の元へ駆け寄ると、彼の視界へ入る様、その斜め前方に立つ。
「先程から、私の名を呼んでいるようだが」
そう話し掛けると、ベネットは男の身に付けている衣服や剣を確認していった。剣の柄には、十字架とヘイデルの頭文字を合わせて作られた紋章が刻まれており、それが彼の所属している街を表している。ベネットは、その紋章に気付くなり、複雑な表情を浮かべた。
「名を呼ぶ理由は、私がグルートで残した伝言に関することか?」
ベネットの声を聞いた男性は小さく頷き、無言のまま馬を下りる。男の身長は、ベネットより二周りは高かった。
彼は、ベネットの前に立つと頭を下げ、それから彼女の顔を確認する。そして、男性は目線をベネットの首へ移すと、その痛々しい血の跡に気付き目を見開く。男は思わず顔を背けると、口元に手を当て、そのまま堅く目を瞑った。
「その傷」
男は、口を押さえたまま声を漏らすと、目を開いて血塗られた首筋を一瞥する。ベネットは、男の言葉に眉を顰め、呆れた様に溜め息を吐いた。
「傷は負ったが、既に治している。それより、ここに来た理由と状況を教えろ」
ベネットは普段より低い声で言い放つと、男の顔を見上げ返答を待つ。彼女の眼差しは鋭く、まるで獲物を捕らえんとする獣の様でさえあった。
「はい。先ずはフェアラへ来た理由ですが、グルートからの知らせを受けて参りました」
そこまで話すと、男は口を閉じ、そのままベネットの様子を窺う。対するベネットは不安そうな表情を浮かべて頷き、男へ話を続ける様に伝えた。
「では、ここへ至るまでの経緯を、簡単に説明致します」
男性は、そう言って喉を鳴らすと、ベネットの目を真っ直ぐに見る。
「先ずは、要請を受けたグルート。こちらは、幸いにも魔物に襲撃された形跡は御座いませんでした。グルートには数人の兵と、結界を張ることの出来る術師を残しております」
そこまで説明すると、男性は話すことを止め、静かに呼吸を整える。それから、彼は気まずそうに微苦笑し、無言のまま首を傾けた。
「フェアラの状況を調べようと、十数の兵を従え、こちらへ向かったのですが」
小声で話すと、男性は気まずそうに目線を泳がせ、言葉を続けることを躊躇った。
「何か、有ったのか?」
ベネットは、話の続きを促す様に言い、心配そうに男性の顔を見る。
「実は……グルートとフェアラを繋ぐ道に大量の魔物の死体が有ったのです」
彼は、そこまで伝えると目を伏せ、辛そうに息を吐き出した。
「そして、死因の調査及び死体撤去の為、こちらへ向かっていた兵の殆どを割く羽目になってしまいました」
「つまり、フェアラに居る兵は少ない。そういうことだな?」
ベネットは話を遮る様に言うと、男性の目を真っ直ぐに見つめる。一方、男性は彼女の問いに肯定の返事をなすと、目を細め気まずそうに苦笑した。
「そうか……問題は、山積みかも知れないな」
小さく声を漏らすと、ベネットは静かに目を閉じる。
「話すと長くなるのだが」
そう切り出すと、ベネットはフェアラに着いてから起きた出来事を淡々と男性へ説明していった。その説明は数十分にもおよび、話を聞き続けていた男性の顔は青ざめていった。ベネットは、そんな彼の体調を鑑み、幾度となく話を止めようかと提案する。しかし、男性がその都度提案を突っぱねた為、ベネットは心配そうな表情を浮かべながらも話を続けていった。
何とかして一通りの話が終わった時、男性は難そうな顔をして黙り込む。暫くの沈黙の後、男性はベネットの目を見つめ、口を開いた。
「過ぎてしまったことは仕方ありません。こちらに残りの兵が着き次第、洞窟へ向かいます」
ベネットは彼の言葉に頷き、それを見た男性は再び口を開く。
「洞窟に残された遺体は、私共で回収致します。また、回収後の安置等は、生き残ったフェアラの方々に任せる形になります」
男性は軽く目を瞑り、静かに呼吸を整える。そして、彼はゆっくり目を開くと、苦々しい表情を浮かべた。
「問題は……取り逃がした奴らですね。もしかしたら、他の地も狙っていたかも知れません」
「そうだ。特に、ヴァリスという者は危険だろう。備わっている魔力もさることながら、殆ど隙を見せなかった」
「仲間を庇う為に従ったとは言え、貴女程の力をもっても倒せないとなると厄介です」
そう話すと、男性は大きく息を吐き出した。
「フェアラの件が落ち着き次第、ヘイデルでも対策を練らねばならないでしょう」
そこまで伝えると、彼は周囲を見回し無言のまま考え始める。男性は、何か思い付いた様に手を叩くと、ベネットの顔を見つめて微笑んだ。
「後は、私共に任せてお休み下さい。伺いたいことが有る際は、居場所を教えて下さればこちらから伺います」
彼は、出した答えをベネットに告げると、静かに彼女の返答を待つ。一方、ベネットは直ぐに首を横に振り、男性の顔を見上げて口を開いた。
「しかし」
「どの道、人数が揃うまで動けません。貴女には、貴女にしか出来ないことがありますでしょう?」
男性は、ベネットの言葉を遮る様に話し出すと、彼女の肩に手を乗せる。
「それに、ちゃんと休まなければ、勝てる相手にも勝てません」
諭す様に話すと、兵士はベネットの目を真っ直ぐに見つめた。すると、ベネットは渋々ながらも頷き、男性と共にツェリオスの家へ向かっていく。程なくして、目的とする家の前に到着すると、男性は背筋を伸ばして立ち、深々と頭を下げた。
「人数が揃い次第、伺います」
それだけ言い残すと、彼は軽々と騎乗し、ベネットの前から姿を消した。ベネットは、そんな彼の背中を見送り、仲間の待つ家へ入った。