呪縛と裏切り
文字数 2,639文字
ベネットの案内を元にここまで来たダームは、城を見ながら質問した。少年の瞳には微かに不安が浮かび、その手は小刻みに震えている。
「ああ。城の中から、微かながらザウバーの魔力を感じとれる」
ベネットはザウバーが居るだろう城を見た。
「だが、禍々しい気も感じられる。どうやら、ザウバーに再会するのは、一筋縄ではいかない様だ」
そこまで話すと、ベネットは目を細めて息を吐き出す。一方、そんなベネットの様子を見たダームは、言葉を発する事無く頷いた。
少年の頷きを見たベネットは、意を決したかの様に城の入口へ向かう。
ベネットが城内に入ると、外壁とは異なる色の壁が広がっていた。その壁は、鉄が錆びた様な色をしており、通気が悪いのか大粒の水滴が幾つも付着している。
また、壁には所々黄緑色の苔が生えており、その苔からは黄色の淡い光が発せられていた。その為か、窓の無い通路はそれなりに明るく、周囲の状況も確認できる。
その様な状況の中、ベネットの後を追って潜入したダームは、目に飛び込んでくる禍々しい光景に嫌悪感を抱いた様子だった。
「この中の空気、なんだか気持ち悪い。それに、外側の見た目と違って」
「侵入者を確認しようと来てみれば、ガキと女じゃない。とんだ無駄足ね」
ダームが話し始めた時、二人の前に女が現れ、つまらなそうに言葉を吐き捨てた。その女性は、ゆっくり髪を掻き上げ、わざとらしい溜め息を吐く。
女性の姿を見たダームは、それが昨日の晩に現れた女だと伝えようとする。しかし、彼は驚きの為か、全く言葉を発することが出来なかった。
「しかも、アホ面こいていたガキじゃない。もしかしたら、あの男を捜しに来たのかも知れないけど無駄よ。あの男は、オーマの低レベルな男共同様、私の忠実な僕だもの」
身を強張らせている少年に気付いた女は、ダームを見下す様に言い放った。彼女の言葉を聞いたダームは涙を浮かべ、悔しそうに唇を噛み締める。
緊迫した空気の中、ベネットは二人の間へ割入った。
「忠実な僕だと?」
低い声で話すと、べネットは威嚇する様に女の目を見据える。
「そうよ。普段、色気が皆無の女や五月蝿いガキと旅をしているせいか、簡単に墜ちてくれたわ」
そう言い放つと、女はベネットらを馬鹿にする様に笑い始める。
「とにかく、アンタ達の相手なんて此奴等で十分よ!」
そう女が言い放つと、二人の前後には武器を持った男達が現れる。男達の目はどれも虚ろで、武器を持つ手に力が入っていない。
女に喚び出された男らは、苦しそうな声を漏らしながら、ゆっくりと二人へ近付いていった。そして、ダームとベネットが男達に気を取られている間に、女は忽然と姿を消した。
「まずいな。進路と退路を塞がれた上に、この者達は魔法で操られているだけの人間だ。私達が傷付けることは出来ない」
ベネットは、少年と背中合わせになる形で立ち直す。
「だが、ザウバーを探し出す為にも、此処でやられる訳にはいかない。ダームは、其方側の者達を頼む。私は、入口側に居る者達へ気を払いつつ呪文を唱えよう」
ベネットは、考えついた作戦を少年に告げると、前方へ注意を払いながら詠唱を始めた。一方、ベネットの緊迫した声を聞いたダームは、いつ来るのか分からない攻撃に対して身構え、男達の隙を窺う。
「我に抗う者を、静かなる混沌の闇へと誘い賜え……ヴェウストリーゲン!」
ダームの眼前に男が迫り来た刹那、ベネットが呪文を唱え終えた。その魔法により、ダーム以外の男は全て気を失い、次々に固い床へ倒れ込んだ。その際、男が持っていた斧の先が少年の胸元を掠め、ダームは気の抜けた悲鳴を上げる。
ベネットは、目線を入口方面からダームの居る方へ移すと、そちらの通路でも全ての男達が倒れている事を確認する。彼女は、安心した様子で息を吐き出し、少年の肩に手を乗せた。
「なんとか、上手くいったようだな」
その後、ベネットは静かに呼吸を整え、固まっているダームの前方へ移動する。
「大丈夫か? もし、無理そうならば少し休もう」
彼女は、少年と目線を合わせる為に腰を曲げ、瞳孔が大きく開いた瞳を見つめる。対するダームは何度か大きく瞬きをし、ベネットの瞳を見つめ返した。
「大丈夫だよ」
ダームは、一度ゆっくり息を吸い込むと、しっかりとした口調で問い掛けに答えていく。
「それに、ザウバーがこの城の中に居るのは確かみたいだし、急がないと」
ダームの心強い言葉を聞いたベネットは、目を瞑り静かに何かを考えた。彼女は目を開くと、無言のまま背後を振り返る。
「では、先ずは倒れている男達を踏まない様、この通路を進んでいこう」
呟く様な声で伝えると、ベネットはダームに背を向けて立つ。彼女は、倒れている男達を通過した所で立ち止まり、ダームを通路の少し先へ行かせた。その後、彼女は大きく息を吸い込むと、男達が倒れ込んでいる方を振り返る。
ベネットは、男達を見下ろしながら右手を上げ、ゆっくり息を吐き出した。それから、彼女が右手を左肩の位置から右下へ勢い良く振り下ろすと、その手には身の丈程も有る十字架がしっかりと握られていた。
十字架の先端には、菱形のクリスタルが嵌め込まれ、交差部分には二つのリングが掛けられている。ベネットが、目を瞑って深呼吸を始めると、先端のクリスタルは白い光を放ち、その光は段々と強くなっていった。
「清き力よ……我らを守る盾を此処に!」
ベネットが十字架を前方に向け言葉を紡ぐと、通路の壁が音を立てて崩れ落ちた。この為、その瓦礫を退かさない限り、通路の行き来は不可能となる。それを見たベネットは目を細め、十字架を持っていた手を広げた。すると、その十字架は消え、ベネットは長く息を吐き出した。
「ベネットさん。確かに、通路を塞いだら敵は追い掛けて来られない。だけど、これ、僕達も帰れないんじゃ」
塞がれた通路を見たダームは、驚いた様子でベネットの顔を見た。
「心配には及ばない。帰りは、転送魔法を使うザウバーが居るのだから」
問い掛けを聞いたベネットは、ダームと目を合わせる事無く説明を加えた。彼女の声は低く単調で、その体は小刻みに震えていた。
「そっか、ザウバーが居れば問題無いんだね」
「此処まで来た以上、振り返っている時間は無い。少なくとも、ザウバーを助け出す迄は」
そう言うと、ベネットは少年から目を反らしたまま、城の深部へ向かって歩き始めた。