少年が持つ声の力
文字数 2,131文字
幾らか緊張の解けた表情を見たアークは、少年へ微笑み返した。一方、ダームは思いもよらない言葉に驚き、顔を赤らめる。
「それでですね。退室した際、病院の院長へ質問をしてきました。特別治療室に、病院関係者以外の者を滞在させて良いのかどうか」
返事を待つことなく伝えると、アークは少年の目を優しく見つめた。
「許可は滞在する者次第。ベネット様の治療を妨げない、そう院長から判断されれば御の字。許可次第で、宿泊用のベッドも用意して下さるとのことです」
伝えるべき事を言い終えたアークは、少年に向けて微笑した。彼は、微笑したまま首を傾げ、そのまま少年の反応を待つ。
彼の話を聞いたダームと言えば、思いもよらない提案に返す言葉が見つからないのか、力無く口を開いた。
「えっと」
そう言うと、ダームは指先で左の頬を掻き、アークの目を静かに見上げる。
「僕が、ベネットさんの側に居られるかも知れないってこと?」
ダームは、たどたどしい口調で聞き返すと、首を傾けながら左目を瞑った。少年の問いを聞いたアークは無言で頷き、答えを返そうと口を開く。
「はい。もっとも、ダーム次第ではあります」
それだけ言うと、アークは落ち着いた様子で目を瞑る。彼は、数拍の後に薄眼を開け、少年の様子を窺った。
「僕はどうしたらいいの? 治療の邪魔にならない様に、静かにしてるとか?」
話を聞いたダームと言えば、はやる気持ちを抑えられない様子で話し出し、背伸びをしてアークと顔を近付けた。
「それは、私の決めることでは無いですから、分かりかねます」
彼の返答を聞いたダームは肩を落とし、複雑そうな表情を浮かべて目を伏せる。
「何分、私は一兵士であって、様々な権限を持つ院長では無いですから。ねえ、ルキア?」
アークは先程よりも大きな声で言うと、にこやかな笑みを浮かべながら病室の出入口を見やった。
「そうね」
すると、アークの言葉へ反応するかの様にドアが開き、白衣を身に纏った女性が病室へ入ってくる。
「この子なら、付き添いを任せても問題無さそう」
淡々と言葉を連ねると、女性はアークの居る方へ目線を移した。
「それどころか、彼の呼び掛けには不思議な力が有る。第一、クルークの洞窟で倒れた貴男は、その不思議な力を、身を以て知っていたでしょ?」
そう話すと、女性はアークの顔を覗き込む。彼女の話を聞いたアークは微苦笑し、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「流石は、若くして院長になっただけあって、聡明な方ですね」
柔和な声で話すと、アークは病室に入ってきた女性の目を見つめた。
「ダームの声が、不思議な力を持つことは感じておりました。さしずめ、生命力に溢れた言霊と言ったところでしょうか」
アークは少年の顔を一瞥し、ゆっくり息を吸い込んだ。
「誉めてくれてありがとう。言霊については良くわからないけど、警備兵の中でも聡明な貴男が言うのだから、そうなのでしょうね」
女性は、楽しそうに笑いながら言葉を返した。ダームは、繰り返される二人の会話を無言で聞き、大きく瞬きをしながらアークの顔を見上げる。
「ああ、申し遅れてすみません」
少年の目線に気付いたアークは頭を下げ、女性の方へ腕を伸ばす。
「この方が、先程ダームに話した病院の院長です。実は、ダームと私の会話を聞いて、この病室の滞在を認めるべきかどうかを確認されていたのですよ」
そこまで話すと、アークは院長の目を見つめ、笑みを浮かべる。彼の説明を聞いた女性と言えば、腰を曲げて少年の目を見つめた。
「ごめんね、何だか騙したみたいで」
そう言うと、院長は顔の前で手を合わせ、両目を瞑って頭を下げた。ダームは、彼女の謝罪に目を丸くし、反射的に首を振る。しかし、目を瞑っている女性はそれに気付かず、新たな言葉を紡ごうと口を開く。
「気張らない、普段の君を見たくてね。君の人となりはアークから色々と聞いていたから、元々付き添いを許すつもりではあったけど」
そう言うと、院長は少年の背中を軽く叩いた。
「私の名前は、ルキア・ハイター」
そう言うと院長は背中を伸ばし、左手を胸元に当てる。一方、ルキアの自己紹介を聞いたダームは、慌てて自らの名を伝えようと息を吸い込んだ。
「アークが言っていたと思うけど、院長を務めているの。因みに、アークとは幼なじみ」
しかし、ダームが言葉を発することの出来る前に、ルキアは早い口調で自分の事について話した。矢継ぎ早に話を聞かされたダームは目を白黒させ、首を大きく傾ける。
「えっと……まず、ルキアさんは病院の院長で、アークさんの幼なじみで」
「そして、ここの院長であるルキアは、ダームがここに宿泊する事を許可した。そういう事です」
アークの話を聞いたルキアは大きく頷き、ダームの頭を優しく撫でる。
「そういうこと。後で君用のベッドを用意させるから、院内施設の使い方はアークに聞いてね」
かなりの早口で告げると、院長は足早に病室から立ち去った。ダームは、そんなルキアの背中に向けて頭を下げ、小さな声で礼を言う。ルキアの足音が聞こえなくなった頃、アークは少年の目を優しく見つめながら口を開いた。