権力に対抗するものは更なる権力である
文字数 2,305文字
思いもよらなかった単語を耳にしたベネットは、訝しげな眼差しで司祭の顔を見る。
「はい。フォッジの街を破壊した大樹。この大樹を生じさせた魔力の波動は、この男が持つ魔力の波動と似ています。それに、警備兵総司令からの情報によれば、この男はマルンを経由してプリトスへ向かったとの事」
そこまで話すと、司祭はゆっくりと息を吸い込み、微かに目を細めた。
「そして、転移元はオーマでしたよね? 時間的に考えても、その移動中、フォッジに立ち寄った事でしょう。山を越える為には、フォッジで装備を買い揃えるのが定石ですから。何より、この男がフォッジに立ち寄った事を認めています」
司祭は、ベネットの疑問に答えるべく、自らが持つ情報を簡潔に述べていった。
「だから何だと言うのだ。大した証拠もなく、その場に居合わせたというだけで疑念を抱く。それは、稚拙で大愚な者がする事だ。第一、フォッジは小さな街では無い。数多の人が行き交う街ならば、魔力の波長が似た者など、他に幾らでも居ただろう」
そこまで話すと、ベネットは司祭の考えを探る様に目を見つめた。
「何より、フォッジは大樹を枯らした跡地に造られた街だ。その大樹が、時間を経て復活したとしても不思議は無い」
司祭の目を見つめたまま、ベネットは考えを見透かしたかの様な笑いを浮かべる。思いもよらなかった言葉を聞いた司祭と言えば、驚いた様子で目線を泳がせた。そして、彼は動揺を隠す様に大きな咳払いをする。
「御言葉ですがベネット様。フォッジの歴史は、決して短いものではありません。住人でさえ知らないフォッジの成り立ち。一体、何処で知ったのですか?」
彼の問い掛けを聞いたベネットは、余裕の笑みを浮かべてみせる。
「かつて、大樹を生み出した者。即ち、草木聖霊たるファンゼから聞いた。そして、力の源であった大樹が毒薬により枯らされた事。未だ残る毒薬によって、本来の力を発揮出来なかった事。それも、彼の者から聞いて知った」
ベネットは片目を瞑り、尚も言葉を紡いでいった。
「ファンゼから毒薬について聞いた私は、フォッジを中心に、土壌の浄化を行った。生活を営む地に毒が有っては、フォッジの住人達にも、影響があるかも知れないからな」
そこまで説明すると、ベネットは大きく息を吸い込んだ。
「本来の力を取り戻したファンゼが、その後に何をしたのか。それは、私の知るところでは無い」
そう言うと、ベネットは軽く目を瞑って冷笑する。ベネットの話を聞いた者達は意外な発言に驚き、それぞれに顔を見合わせながらざわめき始める。
「一体、何に対して驚いているのだ?」
皆が困惑する中にあっても、ベネットだけは怯む様子を見せずに話し続けた。
「聖霊が、愚かな人間へ警笛を鳴らした可能性が有る。そう暗に述べただけだ」
ベネットは新たな言葉を紡ぐべく、息を吸い込む。
「その男は、ファンゼから力を得た。仮に、ファンゼが力を使ったのならば、その力を分け与えられた者の魔力の波長が似ていたとしても、おかしくは無い」
彼女の話を聞いた者達はざわめきたち、祭壇に立つ司祭は困惑した様子で辺りを見回した。
「お静まり下さい。話をされているのはベネット様です。どうか、話が終わるまで口を慎んで下さい」
その様な状況におかれた司祭は、民衆を落ち着かせようと、大きな声で言い放った。しかし、司祭の言葉も虚しく、集まった民衆に口を閉じようとする気配は無い。
「私の話が信じ難いのなら、見せてやろう。その時に使った力を」
ベネットは、そう言うと勝ち誇った様な表情を浮かべた。そして、右手を前方に翳すと、身の丈程の十字架を生じさせる。その後、彼女は慣れた様子で左手を十字架へ伸ばし、教会に集まった民衆を見据えた。
「疑心を持つ者共よ、我が力をその体に刻み込め」
ベネットが低く落ち着いた声で言い放つと、教会内に目を開けていられない程の強光が生じた。すると、今まで騒いでいた者達は言葉を失い、教会内は恐ろしい程の静寂に包まれる。
「どうだ? これが先程説明に出した聖霊の力だ」
ベネットは、驚きにより固まった民衆を眺め、嘲笑を浮かべながら話し続けた。
「今し方使った力は、光聖霊たるリヒト様のもの。草木聖霊ファンゼのものでは無い」
「ベネット様!」
司祭は、慌てた様子でベネットの元へ駆け寄ると、心配そうな表情を浮かべた。
「仰りたい事は分かりましたから、もうお止め下さい。回復されたとはいえ、倒れてから一月も経っていないのですよ? ただでさえ負担の掛かる光魔法を、この様な広範囲に掛けるなど」
ベネットは、司祭の顔を軽く見やると、生じさせていた十字架を異空間にしまい込む。
「見くびらないで頂きたい。この程度の範囲に術を掛けるなど、大した負担ではない」
呟く様に話すと、ベネットは呆れた様子で目を瞑る。対する司祭は気まずそうな表情を浮かべて俯き、無言で何かを考え始めた。その後、彼は大きな溜め息を吐き、ベネットの顔を見る。
「伺いたかった事は、全て確認致しました。ですから、どうか部屋に戻って休んで下さい。判決が決まり次第、此方から知らせに参りますので」
そう言うと、司祭は最前列に座っているアークへ目配せをする。司祭の目線に気付いたアークは立ち上がり、静かにベネットの方へ歩み寄った。そして、ベネットの前で跪くと、胸に手を当てながら深々と頭を下げる。
「私が部屋までお連れします。ですから、本日はもうお休み下さい」
アークは、頭を下げたまま言葉を紡ぐと、ベネットの手を優しく掴む。ベネットは、心配そうにザウバーの顔を見やり、それからアークの願いを受け入れた。