涙と胸騒ぎ
文字数 2,743文字
絞り出す様な声で言うと、少年は大粒の涙を流した。
「一人で、行っちゃうなんて」
そこまで話すと、少年はまるで全身の力が抜けてしまったかのように膝をつく。一方、ザウバーは目線を合わせる為にしゃがみ込むと、少年の頭を軽く叩いた。
「悪かったな。他人を操れる奴が居ると思ったら、お前らを連れてくるのが恐くてよ」
ザウバーは、涙を堪える様に目を瞑ると、勢い良く頭を横に振った。
「情けねえよな。傷付けるのが恐くて逃げた。なのに、結局はお前を傷付けちまった」
ザウバーは自嘲する様に小さく息を吐き、静かに目を開く。
「すっごく心配したんだから」
少年は言い終わるや否や地面に手を着き、そのまま大声で泣き始めた。
「だから、悪かったって。それに、俺は生きている訳だし、それでいいじゃねえか?」
ダームを落ち着かせようと、ザウバーは少年の肩に手を乗せる。
「ばか!」
少年は感情に任せて泣き叫び、ザウバーの体を何度も叩いた。
「ちょっ、おま……いてえって」
何度も腹を叩かれたザウバーは、慌てた様子で言葉を発する。しかし、ダームは青年の言葉に耳を貸すこと無く、彼の体を叩き続けた。
「分かったから、落ち着けって」
ザウバーは、手に持っていた剣を地面へ下ろすと、ダームの両肩を掴んで押し退ける。すると、少しは落ち着いたのか、少年はザウバーを叩くことを止め、両腕をゆっくり下ろした。
「とにかく……何処まで知ってんのか分からねえが、お前を此処まで連れてきたガキは倒した」
そう伝えると、ザウバーは先ほど手に入れた鍵束を少年へ見せる。
「これは、そいつが持っていた鍵だ。俺は、この鍵で牢屋が開くかどうか調べてくる」
ザウバーは鍵束の中心に指を通し、小気味良さそうに回転させ始めた。
「話は後で聞いてやる。協力する気がねえなら、ここでじっとしてろ」
そう言うや否や、ザウバーは逃げる様に牢屋の有る方へ向かっていった。それから、ザウバーは一番近い牢の前で立ち止まり、適当に選んだ鍵を鍵穴へ差し込む。しかし、そう運良く鍵が開く筈も無く、ザウバーは一つ一つ確かめる様に鍵を差し込んでいった。一方、牢に入れられている男性は、ザウバーが試行錯誤をしている間中、怯えた様子で震えていた。その男性は、鍵を差し込む際に発せられる音を聞く度に身を強ばらせ、奇怪な声を発する。
この為、男性の様子を見たザウバーは、難しそうな表情を浮かべて手を止める。そして、彼は大きな溜め息を吐くと、静かにしゃがみ込んだ。ザウバーは、苛立ちを発散させるように頭を掻くと、視線を前へ向けた。彼の眼前には、冷たく無機質な鍵穴が有り、その穴の下にはうっすらと文字が刻まれている。ザウバーは、刻まれた文字に気付くなり、その文字へ指を這わせた。
「Mの13」
鍵束を持ち上げると、ザウバーはその中から一つの鍵をつまみ上げ、目を細めて調べ始めた。その鍵には、小さく「M―27」と刻まれており、それを確認したザウバーは力強く立ち上がる。それから、彼は一つ一つの鍵を調べていき、十数は調べた後で手を止める。その際、ザウバーが調べていた鍵には「M―13」という文字が小さく刻まれていた。
ザウバーは、その鍵をしっかり握ると、目の前にある鍵穴へ差し込む。そして、彼が手首を右に捻ると、軽い金属音と共に鍵は周り、堅く閉ざされていた鉄戸は開いた。
「大丈夫か?」
大きく戸を開くと、ザウバーは牢中に居る男性の顔を覗き込む。しかし、その男性は依然として怯えたままで、ザウバーの言葉は殆ど耳に入っていない様だった。この為、ザウバーは頭を横に振ると、鍵束を握り締めて隣の牢前へ移動する。
彼は、鍵穴の下に刻まれた文字を確認すると、その文字を手元に有る鍵と照らし合わせていった。程なくして目当てとする鍵は見つかり、ザウバーは牢の扉を開いた。そこまで終わらせると、彼は新たな牢の前に立ち、同じ作業を繰り返していく。
ザウバーが牢の扉を十数ほど開け終えた頃、彼の元にダームが歩み寄ってくる。少年の顔色は以前より赤みが増し、腰に備えられた鞘には剣が戻っていた。この際、ザウバーは少年の存在に気付くが、彼は扉を開ける作業を優先する。そして、彼が目の前にある牢の扉を開いた時、ダームは泣きそうな声を漏らした。
「さっきは、頭がぐるぐるしてて言えなかったけど……まだ、終わってないんだ」
ザウバーは訝しげな表情を浮かべ、少年の方へ向き直る。そして、彼は無言のままダームの瞳を見つめた。
「僕達は、ザウバーの後を追って、フェアラに行ったんだ。そうしたら、いきなり女の子が飛んできて」
そこまで伝えると、ダームは強く目を瞑る。
「女の子は、ベネットさんが捕まえてくれたんだ。だけど、直ぐに男の人が来て……その後のことは分からない」
ダームは首を横に振ると、悔しそうに唇を噛んだ。
「分からないって、どういう意味だよ?」
「分からないんだ。その男の人が現れてから、ザウバーに起こされるまでのこと。ずっと、気を失っていたから」
ダームは、なされた質問に答えると、訴えかける様にザウバーの顔を見上げた。
「ちょっと待て……じゃあ、ベネットが今どうしてるか、何処に居るかは?」
ザウバーが問い掛けると、少年は首を横に振った。
「分からない。男の人を倒して、僕達を探しているのかも知れない」
そう言うと、少年は俯き胸に手を当てる。
「だけど……さっきから、胸騒ぎが止まらないんだ」
ザウバーは舌打ちし、持っていた鍵束を、開けたばかりの牢に居る男の前へ投げた。すると、突然の出来事に男は驚き、ザウバーの顔を見上げる。
「気付いているかも知れねえが、それは牢の鍵だ」
ザウバーは、そう伝えると男の目を見つめた。
「まだ、半分位しか開けられてねえ。全部開けてやりたかったが、急用が出来た」
現状を伝えると、青年は片目を瞑って苦笑する。
「だから……俺の代わりに、開けられていない牢を開けて欲しい」
ザウバーは、頭を下げてから男の目を真っ直ぐに見つめる。男は、目を白黒させながらも、足元に落ちている鍵束へ目線を移した。そして、彼は鍵束へ恐る恐る手を伸ばすと、鍵の一つを摘んで持ち上げる。男は、もう一方の手で鍵束の環状部分を握り締めると、ザウバーの顔を見上げて頷いた。
「恩に着る。なるべく早く戻るから、無理はすんな」
そう伝えると、ザウバーは涙を浮かべながら頭を下げた。そして、彼は乱暴に目を擦ると、少年の方に向き直る。
「俺達はベネットを捜しに行くぞ。あいつが居れば、怪我人も治せる」
それだけ言うと、彼はダームの返事を待つことなく歩き始めた。ダームは、多少慌てた様子を見せたものの、直ぐにザウバーの後を追い掛けていく。