人気の無い町
文字数 2,552文字
探索を続け空が暗くなり始めた頃、ザウバーは道の先に小さな人影を見つける。
「あそこに人が居るな。話を聞いてみるか」
ザウバーは、初めて見つけた人物へ駆け寄った。彼の仲間は、小走りをしながら青年の後を追い掛けていく。
程なくして目的とする人物の後ろに到着したザウバーは、相手の小さな肩を掴んで声を掛けた。一方、いきなり肩を掴まれたれた者は、何かに怯えている様子で青年の方を振り返る。
「何の用でしょう?」
振り返った女性は、生気が失われた瞳でザウバーを見る。この時、彼女の声は消え入りそうな程か細く掠れていた。その上、彼女の顔色は青白く、服の隅間から覗く肌は透き通るように白かった。また、その身長はダームより低く、余分な贅肉は殆ど付いていない。
ザウバーの後を追ってきたベネットは、女性の顔が青ざめていることに気付くと、直ぐに二人の間に割って入る。
「顔色が悪いな。どこか悪いのか?」
心配そうに話し掛けると、べネットは女性の顔を覗き込んだ。その仕草に気付いた女性は、大粒の涙を流し始める。
そんな中、ザウバーは女性が泣き出した為に困惑し、意味もなく辺りを見回す。数拍の後、彼は落ち着きを取り戻したのか、無言でベネットと女性のやり取りを見守り始めた。
「この町は、魔物に襲われでもしたのか?」
戸惑う青年とは対照的に、ベネットは慌てる事無く女性に疑問を投げかけた。すると、女性は上着の裾で涙を拭う。
「わかりません。でも、この町……この町の男性達は」
しゃくりあげながら質問に答えると、女性は顔を覆って泣き始める。
「男性が、一体どうしたと言うのだ?」
「カシルと名乗る女に誑かされ……その女に、どこかに連れて行かれました」
女性は、自らの顔を覆っていた手を徐々に離していった。そして、数回大きな瞬きをすると、赤みを帯びた瞳でベネットの顔をぼんやり見る。
「町に残ったのは女子供……労働力を欠いた町は、見ての通り荒廃してしまいました」
女性は、何度か苦しそうに咳き込むと、何かを訴えるような眼差しをベネットへ送った。
「私は、共に生きようと言ってくれた人を奪われました」
涙を流しながらも話し続けた女性は、ついに言葉を詰まらせた。彼女は、悔しそうに唇を噛み締め、両目を強く瞑る。一方、女性の心中を察した三人は、互いに顔を見合わせる事しか出来なかった。
幾らかの時間が経ち、重苦しい空気が周囲を支配する中、ベネットはその沈黙を切り裂く様に口を開く。
「貴女さえ良ければ、詳しい話を伺いたい。そこに手掛かりとなるものが有れば、手助けも出来る」
そこまで話すと、ベネットは心配そうに女性の顔を覗き込んだ。
「私の知る情報であれば お話し致します」
そう返すと、女性は再び上着の袖で涙を拭った。
「恩にきる。私の名はベネット。差し支えが無ければ、貴女の名前を教えて欲しい」
ベネットの話を聞いた女性は、気持ちを落ち着ける様に深呼吸をした。
「私の名前は、ミーアといいます」
そう言うと、ミーアはベネットの目を見た。
「陽も暮れたことですし、宜しければ私の家にいらっしゃいませんか? 小さな家ですが、立ち話をするよりは大分良いと思います」
そう話すと、ミーアは不安そうに三人の顔を見つめる。
「貴女がそうおっしゃるのなら、私達は御言葉に甘えさせて頂くまでです。いや、寧ろ礼を言わねばならない位です」
ベネットは、ミーアを安心させる為に優しく微笑み掛けると、小さく頭を下げた。すると、ミーアは多少ではあるが頬を赤くし、涙で腫れた目でベネットの顔を見る。
「それでは、私の後に付いて来て下さい」
ミーアは、そう言うと軽く頭を下げ、夕陽が沈んだ方向に向かって歩き始めた。
暫く小道を歩いた後、ミーアは木を継ぎ合わせて出来た建物の前で立ち止まる。彼女は、何度か深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、後ろに立つ三人を一瞥した。
それから、ミーアは軋む木戸をゆっくり開けた。彼女は無言のまま戸の横に立ち、ダームらに中へ入るよう伝える。その後、ベネットが軽く会釈をしながら小屋に入ると、それへ続く様にダームとザウバーも屋内に入った。
三人が家に入った後、ミーアはなるべく音をたてない様に戸を閉める。彼女は、戸がきっちり閉まったことを確認すると、その戸が外から開けられることの無い様、大きな閂で戸を閉ざした。
その後、戸から薄暗い室内へ目線を移したミーアは、ある一点を見つめて硬直する。驚いた表情を浮かべるミーアに気付いたベネットは、その目線の先を見やって悲しそうに俯いた。
彼女の目線の先には、鳥籠に入れられた小鳥と、その巣から落とされた卵が有った。無惨にも落とされた卵は、砕けた殻に覆われたまま籠の底で冷たくなっていた。冷たく横たわるそれは、濁り始めた瞳で外界を見つめ、乾き始めた皮膚は苦しみを訴えている様でもあった。
ミーアは、震える両手で顔を覆いながら、青ざめた唇を動かし始める。
「私と……同じ」
その声に気付いたベネットは、心配そうな表情を浮かべてミーアの前方に回り込む。しかし、ミーアは両手で顔を覆っている為、表情から何かを読み取る事は出来なかった。
それから暫くの間、部屋は重い空気と、恐ろしい程の静寂に支配された。
「話は何時でも出来る。私達の事は気にせず、今日はもう休んだ方が良い」
ベネットは、ミーアの華奢なを抱き締めたまま囁きかけた。
ベネットは、顔を覆っている小さな手を退かすと、ミーアの黒い瞳を見つめた。それに気付いたミーアは強く目を瞑り、大粒の涙を流し始める。
悲しみと安堵の入り混じった涙に気付いたベネットと言えば、幼子を寝かしつけるかの様に、ミーアの背中を優しく叩き始めた。
その後、ベネットは自分が持っていたハンカチでミーアの涙を拭った。そして、ダームやザウバーには聞こえない程の小さな声で、ミーアへ寝室の場所を尋ねる。
問い掛けられたミーアは、震える手で部屋の奥に有るドアを指差した。ベネットは、ミーアが差し示したドアを軽く見ると、他の二人に目配せをして部屋を出た。