忌まわしき呪詛

文字数 3,538文字

 小綺麗な部屋の中心に、仕事用に作られたと思しき机が在る。沢山の書類が机上に乗せられ、様々な筆記具も置かれていた。その部屋には、壁へ沿う様にして天井へ届く程に高い本棚が並び、ぎっしりと本やファイルが詰め込まれている。

 机の左側には、質素なクローゼットが置かれ、その中に部屋主の衣服が入っていた。また、その対面には大きな鉢植えが置かれ、成人男性程の高さを持つ植物が植えられている。部屋の主と言えば、彼が呼び寄せた来客に向かって頭を下げた。
 
「お久しぶりです。随分と酷い怪我をなさっているようですが、大丈夫ですか?」
 彼は来客を案内した者へ目配せをし、退室するよう促した。すると、彼の部下は無言で頷き、音をたてぬ様に部屋を出た。

「問題無い。傷は塞いだし、出血も止まっている」
 そう答えると、ベネットは質問者を安心させようとしてか、明るく微笑んでみせる。答えを聞いた者と言えば、ベネットの瞳を真っ直ぐに見つめた。
 
「それならば良いですが……汚れたままの衣服では、感染症にかかる恐れも有ります。直ぐに用意させますから、先ずは身を清めてきて下さい」
 そう伝えると、アークは部屋の外で待機していた部下に指示を出す。指示を受けた部下は直ぐに動き始め、アークはベネットの方に向き直った。
 
「教会の浴場を用意する様、申しつけました。新しい着替えは、女性の方に頼んでおきます」
 アークは笑顔を浮かべ、話を聞いたベネットは頷き礼を言う。

「その……ありきたりな言葉ではありますが、無理はなさらないで下さいね」
 彼は、心配そうに言葉を加えると、照れくさそうに苦笑する。
 
「ああ、約束しよう。なるべく……な」
 ベネットは、そう返すと目を細め、無言で小さく頷いた。彼女の言葉を聞いたアークと言えば、苦笑したまま肩を落とす。

 その後、アークは言葉を見つけられないまま時だけが過ぎていき、彼の部下が部屋の前へ戻ってくる。部下は、ドア越しに浴場の準備が出来たことを告げ、アークはベネットを案内する為に歩き始めた。案内を終えた後、アークは教会の応接室で待っていると告げ、深々と頭を下げる。そして、ベネットがそれを了承すると、アークは応接室のある方へ歩いていった。
 
 ベネットは、彼の背中を見送ると溜め息を吐き、浴場へ入った。一方、アークは応接室の前で立ち止まると、何か思い出した様に踵を返す。そして、その場から離れる様に、慌てて歩き始めた。彼は、応接室の近くに在る部屋へ入ると、その戸棚を軽く調べる。

 その戸棚の中には、質素な箱に入れられた焼き菓子が有り、アークはその箱を持って応接室へ向かった。応接室に入ったアークは、部屋の中程にある机に箱を置き、入口から一番近い席に腰を下ろす。そして、静かに目を瞑ると、物悲しそうに溜め息を吐いた。
 
 それから数十分が経ち、アークは待ち遠しそうに立ち上がる。彼は、応接室の出入口へ向かうとドアを開け、静かに廊下の様子を確認した。

 しかし、そこには誰も居らず、アークは椅子に座り直した。それから暫くして、アークの耳にドアを叩く音が聞こえてきた。アークは、返事をしながら立ち上がると、直ぐにドアの方へ向かっていく。そして、彼は応接室のドアを開けると、音をたてた人物の顔を確かめた。そのドアを叩いたのはベネットで、アークは柔らかな笑みを浮かべた。
 
「お疲れ様で」
 アークは、そこまで話したところで目を見開き、ベネットの首筋を凝視する。ベネットの首筋には、黒い紋様が刻まれており、それは静かに脈打っていた。

「これは……司祭様を呼んで参ります」
 アークは応接室を去り、取り残されたベネットは彼の背中を不思議そうに眺めた。ベネットは、彼へ話を聞く為に後を追おうとするが、直ぐにアークを見失ってしまう。この為、ベネットは大きな溜め息を吐き、応接室のソファに腰を下ろした。暫くして、アークは息を切らせながら応接室に戻る。彼の背後には数人の男性がおり、それを見たベネットは驚きの表情を浮かべた。
 
「お待たせ致しました。それと、何も言わずに立ち去ってしまい、申し訳ございません」
 アークはベネットに対して頭を下げ、それから後方を振り返った。

「呪詛に詳しい者を連れて参りました。私の思い違いであれば……いえ、失礼しました」
 ベネットは訝しそうに目を細め、不安そうに拳を握る。その様子を見たアークは、小さく咳払いをし、ベネットの目を真っ直ぐに見つめた。
 
「ベネット様の首筋……先程は、血の汚れで気付きませんでした。しかし」
 そこまで話すと、アークはベネットへ手鏡を渡す。鏡を渡されたベネットと言えば、首を傾げながらその中を覗き込んだ。

「これは」
 そう呟くと、ベネットは眉間に皺を寄せ、鏡越しにアークの顔を見る。彼女の視線を受けたアークは頷き、ゆっくりと口を開いた。
 
「私も、詳しくは分かりません。ですが……良いものとは思えないのです」
 アークは、静かに首を横に振り、大きく息を吸い込んだ。

「ですが、それが呪いの類だとしても、それに詳しい術師の力で解決致します。ご安心下さい」
 アークは微笑み、真っ直ぐにベネットの目を見つめた。彼の眼差しを受けたベネットと言えば、辛そうに唇を噛み、目線を下に向ける。アークは、そんなベネットに背を向け、ドアの側に居る者達へ顔を向けた。
 
「では、お願いします。言い忘れておりましたが、私は全て終わるまで残ります。場合によっては、司祭様に報告しなければなりませんから」
 そう伝えると、アークは応接室の外で待機していた者達を部屋へ誘った。この為、待機していた者は応接室へ入り、ベネットの前に立つ。アークは、数歩離れた位置から三人の術師を見つめ、緊張した面持ちで息を飲む。

 一方、彼の呼んだ術師は、ベネットの首筋へ手を伸ばした。しかし、その手が触れる直前、術師の手に電撃が走り、指先は焼け焦げた。指先を負傷した男性は反射的に手を引き、損傷部位をじっと見つめる。彼は、指先を見つめたまま眉を顰め、不機嫌そうに舌打ちする。そんな彼の態度にベネットは一歩後退し、アークは男性の目を真っ直ぐに見据えた。
 
「一応忠告しておきますが、態度も全て報告致します。この街で職を失いたく無ければ、軽率な行動を控えた方が良いですよ」
 冷たく言い放つと、総司令は冷めた目線を男性へ向ける。彼の目線に気付いた男性と言えば、小さく咳払いをして目を瞑った。
 
「それで、原因は分かりましたか?」
 アークは冷たい笑みを浮かべ、そのまま男性の返答を待つ。対する術師は、暫く間を置いた後、恐る恐る口を開いた。

「結論から言って、この刻印を消すのは難しいです。相当に強い魔力で刻まれている様ですので」
 重い口調で話すと、術師は目を瞑り、首を横に振った。それを見たアークは目を伏せ、顎に手を当てながら考え始める。
 
「とは言え、このまま放置するのは危険です。早急に対策を講じる方が賢明でしょう」
 そう加えると、男性は再びベネットの首筋を見やり、そこに刻まれた紋様を確認する。

「これは、例え呪詛を解いたとしても、そこに居合わせた者全てに危害の及ぶ可能性があります。いえ、呪いを解かせない様にそうした……と、言うべきでしょうか」
 そう伝えると、男性はアークの方に向き直り、軽く目を瞑ってみせた。
 
「それで、解呪は直ぐに出来るのですか? 危険と分かった以上、急がねばなりません」
 重々しい口調で話すと、総司令は男性の目を真っ直ぐに見据えた。男性は、彼の視線にたじろぎ、思わず半歩後退する。

「準備が必要です。解呪の際の反動が、他へ行かない様にしなければなりませんので。先ずは、数人の大人が入れる陣、それを描ける部屋が必要です」
 そう返すと、術師はアークの目を恐る恐る見つめ、その反応を待つ。説明を聞いたアークと言えば、難しい顔をして声を漏らした。
 
「解りました。部屋はこちらで用意します。その間に、儀式の準備をお願いします」
 それだけ伝えると、アークはベネットの顔を見つめて優しく微笑む。対するベネットは、不安そうな表情を浮かべていたが、その感情を取り去る様にアークは口を開いた。
 
「ベネット様はこちらでお待ち下さい。私は、教会側に掛け合ってきますから」
 アークは術師達に目配せをし、それに気付いた三人は直ぐに部屋を出た。その後、アークは部屋の出入口まで進むと、ベネットの方に向き直って頭を下げる。

「それでは、私は一旦退室致します。手配が済み次第こちらに戻りますので」
 そう言い残すと、アークは部屋のドアを静かに閉め、それを見たベネットは溜め息を吐いた。ベネットは、応接室のソファに深く腰を掛けると、背もたれに体を寄りかからせる。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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