エクストリーム老婆心
文字数 2,474文字
「救いを求めた方々は、その殆どが満足された様です」
アークはにこやかな笑顔を浮かべ、ベネットの目を見つめる。
「司祭様から、今週中にでもザウバーを解放し、ベネット様をゆっくり休ませる。そう命じられました。ですので、出過ぎた真似とは思いますが、私が部屋までお連れします」
アークは、自分がこの場に居る理由を説明すると、深々と頭を下げた。
「先程まで近くにいた司祭が伝えず、わざわざ遣いを出すとは。何か、私にだけ伝えたいことでも有るのか?」
「流石はベネット様。いつもながら、鋭い考えをお持ちの様で」
アークは、慌てる様子を見せることなく質問に答えた。彼は、顔を上げてベネットの目を見つめると、腕をベネットの滞在する客室へ向ける。彼の仕草に気付いたベネットは、腕で指し示された方向へ進み始めた。
「司祭様からの伝言とは別に、私から申し上げたい事が御座います」
アークは、立ち止まってベネットの目をしっかりと見つめる。その後、彼はベネットの手をそっと掴むと、その目を見つめたまま軽い溜め息を吐いた。
「やはり、冷え切っていますね。また、自らの体調を省みず、力を使ったのでしょう?」
そう言うと、アークはベネットの目をきつく見据える。ベネットは、予想だにしなかった行為に驚き、無意識の内に後退をした。
「手が冷えているというだけで、力を使い過ぎたか判断出来るものか。それに、私はこの通り元気だ」
気丈に言葉を紡ぐと、ベネットはアークの目を見つめ返した。
「確かに、体温低下は、判断材料の一つに過ぎません」
アークは目を伏せ、悲しそうに息を吐き出した。
「しかし、ベネット様の反応は、どれをとっても鈍くなっております。この症状は、力の放出により判断力が低下している証拠。私には、そう見て取れるのです」
そこまで説明すると、アークは静かにベネットの手を離す。一方、言い返す言葉が見つからないのか、ベネットは黙ったままアークから目線をそらした。
「怒っているとか、その為に何かが変わると言う訳では御座いません。ただ、心配なだけなのです。ですから、その様な悲しい顔をなさらないで下さい」
苦しそうな表情のベネットを見たアークは、申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかし、それでもベネットは何も言わなかった。この為、アークは軽く頭を下げると、再び客室へ向かって歩き始めた。それを見たベネットは、数回頭を横に振り、無言のままアークの後を追った。
その後、アークは客室の前で立ち止まり、ベネットへ先に入る様伝えた。対するベネットは、彼と目を合わせる事無く部屋へ入る。そして、続く形でアークが部屋に入ると、ベネットは彼にソファーで待つよう告げた。
指示を聞いたアークは、ソファーへ腰を下ろし、軽く室内を見回した。それから幾らかの時が流れた後、ベネットはアークの前に温かな紅茶を差し出し、彼と向かい合う形で椅子に座った。
「それで、わざわざ人目を避けてまで、私に伝えたい事とは何なのだ?」
話を切り出すと、ベネットはアークの目をしっかりと見つめる。彼女の話を聞いたアークと言えば、まるでベネットの反応を楽しんでいるかの様に、差し出された紅茶にゆっくりと口を付けた。
「ザウバーが持つ聖霊の力についてです」
喉を潤したアークは、落ち着いた声で本題について話し始める。
「ベネット様のおかげで、フォッジの件は解決致しました。しかし、それでも制御出来ない聖霊の力とは危険なものです」
アークは目を細め、どこか疲れた様子で息を吐き出した。
「特に、ベネット様が対抗する術の無い水聖霊ワダー。この力は、ザウバーが暴走を始めた場合、止めようがございません」
そう話すと、アークは再び紅茶に口をつける。
「そこで、ここ数週間、ヘイデル教会関係者達に協力を仰ぎました。水聖霊ワダーに拮抗する火聖霊フランメを始めとし、聖霊について出来る限り調べるよう」
アークはカップを机上に置き、ベネットの目を見つめながら説明を続けた。
説明の中でアークは、ザウバーと旅を再開するのなら、まずは火聖霊フランメの力を手に入れるべきである事、拮抗する聖霊の力が無い時に、ザウバーに聖霊の力を得させない事を伝えた。
その説明の中でベネットは、ザウバーを暴走させなければ問題無い事を述べたが、先の事件を考慮して予防策を立てておいた方が良いとアークに否定された。
そして、アークは聖霊について知る限りの事を一通り伝えると、聖霊が居るだろう場所を書き記した地図をベネットへ手渡した。
「確証は御座いませんが、聖霊が存在するとされている場所を調べておきました」
ベネットが地図を広げた所で、アークは予め赤い印をつけておいた場所を、一つずつ指差しながら説明した。ベネットは、その都度環境や移動手段についてアークへ質問をし、全ての説明が終わった頃に空は明るくなっていた。
「すみません。どうやら、かなり長い間話し続けてしまった様です」
窓の外を見ると、アークはその明るさに気付いて驚いた表情を見せる。
「私の方こそ、説明の途中で何度も話の腰を折ってしまっていた。すまない」
アークの言葉を聞いたベネットは、慌てて窓の外を見、申し訳無さそうに苦笑いを浮かべた。
「いいえ。質問が無いと、聞いているかどうか不安になってしまうので。それに、ベネット様は、ザウバーが解放されればヘイデルを発ってしまう。ですから、その前に沢山話すことが出来て嬉しい限りです」
思いもよらなかった話を聞いたベネットは、恥ずかしそうに頬を赤らめてしまう。その後、彼女は何か言おうと口を開くが、そのどれもが声になることはなかった。
「私は、これから仕事が有りますので失礼致します」
窓から差し込む光が部屋を暖め始めた頃、沈黙を打ち砕く様にアークが口を開いた。彼は、ベネットの瞳を正視し、胸に手を当てて深々と頭を下げる。そして、アークはゆっくり頭を上げると、今まで居た部屋を去った。