力技の脱獄
文字数 2,225文字
暫くの間、ザウバーはうつ伏せに倒れたまま動かなかった。彼は、天井を伝う冷水が背中に落ちた瞬間、痙攣する様に指先を動かした。そして、彼は細く目を開くと、頭をもたげて周囲を見回す。
すると、虚ろな瞳には、冷たく湿った岩壁と、堅牢な鉄格子が映し出された。この為、彼は気怠そうに息を吐き出し、両手に力を込め起き上がろうと試みる。しかし、これまでの戦いで体力を消耗してしまった為か、はたまた攻撃による打撃が大きかった為か、肩を地面から離したところで彼の腕は大きく震えてしまう。
そうして、彼は上体を起こすこともままならず、再び伏臥姿勢をとることとなった。この時、ザウバーは悔しそうに唇を噛むと、今度は体勢を変えようと身をよじる。
程なくして、ザウバーが横臥姿勢をとった時、彼は腰へ巻き付けていた荷物の存在を感じ取る。彼は、直ぐに腰へ結んでいたベルトを外し、荷物袋を掴もうと試みた。だが、その荷物へザウバーの手は全く届かず、虚しく中空を切るばかりであった。それでも、ザウバーは諦めること無く、痛む体を捩らせて荷物の有る方へ体の向きを変えていく。
ザウバーは休み休み体の向きを変えていき、息を荒くしながらも荷物の有る方へ顔を向ける。それから、彼は荷物に手を伸ばすと、横になったまま荷物を顔の方へ引き寄せた。ザウバーは荷物袋の中をゆっくり探り、その中から簡素な木箱を取り出す。
木箱の周囲には、十字に紐が括られており、その中身を出すには紐を解かねばならなかった。この為、ザウバーは箱の中身を出そうと、直ぐに結び目を解こうと試みる。しかし、ザウバーの手は震えており、直ぐに紐を解くことは叶わなかった。
それでも、ザウバーに諦める様子はなく、ゆっくりながらも紐を取り去り、木箱の蓋へ手をかける。そして、半ば乱暴に蓋を取り去ると、箱に入った小瓶を手探りで探し始めた。ところが、緩衝材としてフエルトが敷かれていた為、ザウバーは苛立った様子で舌打ちをする。彼は黒色のフエルトを引き剥がすと、再び手探りで小瓶を探り始めた。
程なくして、ザウバーの指先に冷たい硝子の蓋が触れ、彼はそれを掴んで小瓶を木箱から取り出した。その小瓶には、文字の書かれたラベルが貼られ、小瓶の本体と蓋の隙間には、丁寧にテープが巻かれている。この為、ザウバーは目を細めてラベルに書かれた文字を確認し、巻き付けられたテープを剥がしていく。
何とかテープを剥がし終えると、ザウバーは瓶の蓋を外す。そして、彼は呼吸を整えると、一気に瓶の中身を飲み干した。すると、その味が余程不味かったのか、彼は激しく咳き込んでしまった。この為、ザウバーは反射的に口元を押さえ、目に涙を浮かべる。その涙が乾いた頃、彼は新たな小瓶に手を伸ばし、中身を飲み干す。
その後、彼は仰臥姿勢をとり、左腕を額に乗せて目を閉じた。この時、彼の呼吸は荒く、胸部は激しく上下していた。だが、それも始めのうちだけで、次第にザウバーの呼吸は落ち着いていく。そして、呼吸が完全に落ち着いた頃、彼は目を開き左腕を地面につけた。この際、ザウバーの瞳には力が戻っており、顔色にも赤みが戻っていた。彼は静かに上体を起こすと、気合いを入れ直す様に掌で頬を叩く。
「これで、いけるだろ」
自分へ言い聞かせる様に言うと、ザウバーは顔を動かして周囲を見回した。すると、彼の瞳にはいかにも堅そうな岩壁や、堅牢な鉄格子が映し出された。
ザウバーは、大きく息を吐きながら頭を垂れると、先ほど腰から外した荷物袋に目線を移す。そして、彼は乱雑に引き出された中身を見やると、気怠そうに頭を掻いた。それから、彼は荷物を袋に詰め直すと、その場で静かに立ち上がる。
ザウバーは鉄格子の扉へ手を掛ける。しかし、その扉が開く筈も無く、彼は大きな溜め息を吐いた。それから、ザウバーは勢い良く頭を振るうと、荷物袋を腰へ結び付ける。
その後、彼は両手で鉄格子を掴むと、全体重をかけて前後へ揺らした。しかし、その鉄柵が外れる筈も無く、ザウバーは舌打ちをすると、岩壁の方に向き直る。彼は適当な間隔を開けながら、三方を囲む岩壁を手の甲で叩いていった。すると、そのどれもが乾いた音をたて、ちょっとした打撃で崩れそうな箇所は見つからなかった。
「くそ」
そう吐き捨てると、ザウバーは再び鉄格子へ目線を送る。そして、今度は周囲の状況を探ろうと、格子の隙間から見える範囲を観察した。その目線の先には、彼が入れられている檻以外に、同じ様な檻が幾つか在った。
その檻の中には、全く動かない者や、忙しなく檻の中を歩き回っている者が居る。しかし、少なくとも見える範囲に看守の存在は無く、檻さえ出てしまえば逃げることは難しくない様に見えた。その様な状況を確認したザウバーと言えば、鉄格子に有るはずの鍵穴を探す。
暫くして、ザウバーは鍵穴らしき箇所を見つけると、その裏を目掛けて強い蹴りを入れた。すると、扉が開きはしなかったものの、微かに金属が摩耗する様な音が生じた。この為、ザウバーは小さく笑みを浮かべ、同じ場所を幾度と無く蹴り続けた。
数十回は蹴り続けた時、鍵は鋭い音を立てて壊れ、扉は蹴られた勢いで大きく開く。ザウバーは嬉しそうに口笛を吹き、直ぐに檻から脱出した。