話す相手の居ない少年の苦しみ
文字数 2,841文字
アークは、部屋のドアを押さえながら説明した。ダームが案内された部屋を覗くと、金属で骨組まれたベッドがあり、そこには白い布団が乗せられていた。また、ベッド横に小さな木製の机が在り、アークはそれを指し示す。
「ダームの傷に効く薬を、ベッドサイドに用意させておきました。傷が痛むようでしたら、遠慮無く使って下さい」
アークは少年の背中を軽く押し、部屋の中へ移動させる。
「日も暮れていることですし、ゆっくりと体を休めて下さい」
部屋の説明を終えたアークは、静かにその場から姿を消した。
アークが立ち去り、部屋に一人残されたダームは、ドアに寄りかかりながら何かを考え始めた。その後、少年は震える手で頭を抱えると、その姿勢のまま立ち続ける。
数分が経ち、ダームは震えながら膝を曲げると、両手で顔を覆い泣き始めた。その涙量は次第に多くなり、時には咽び泣くことまであった。
暫くして、彼は部屋の中へ進むと荷物袋を開け、その中から着替えを出す。少年は、取り出した服をベッドの上へ投げると、今まで着ていた服を脱ぎ始めた。
ダームは、脱ぎ捨てた服が攻撃で引き裂かれている事に気付くと、辛そうに苦笑いを浮かべる。彼は手の甲で瞼を擦ると、腫れた目で部屋の中を見回した。
部屋の奥には、硝子製の扉が在った。それに気付いたダームは扉の方へ向かい、ノブに手を掛ける。その扉を開けた先にはバスルームが在り、そこにはひんやりとした空気が閉じ込められていた。
バスルームの床はタイルを敷き詰めて作られており、シャワーホースが壁から伸びている。ダームは、ぼんやりとバスルーム内を眺めた後で、壁に埋められた蛇口を勢い良く回した。それから、シャワー口から出てくる湯に自らの体を曝す。
温まった水が触れた時、傷が痛み始めたのか、ダームは低い声を漏らした。彼は、痛む傷をゆっくり指でなぞると、小さく笑いながら悲しそうな表情を浮かべる。
それでも、ダームは数回深呼吸して気持ちを落ち着け、痛みに耐えながら体を洗い始めた。
暫くして体を洗い終えたダームは、何度か頭を横に振った。彼は、浴室の傍に置かれたタオルで体を拭き、用意した服を着ようとベッドの方へ向かっていく。
少年がベッドの近くまで来た時、その上に自分のものではない一揃えの着替えが用意されている事に気付く。彼は、様々な角度から着替えを眺めた後で、その一番上にある服をゆっくりと持ち上げた。
ダームは、その服が大人用のものである事に気付くと、軽く苦笑いを浮かべた。それでも、少年は用意された着替えに袖を通す。彼は、服の袖を捲らなければ手足が出ないことに気付くと、その袖をゆっくりと捲り上げた。
服を着終えたダームはベッドサイドに目線を移し、其処に置かれた入れ物へ手を伸ばした。その容器は青い鉱石で出来ており、触り心地は冷たくも滑らかだった。彼は、青い容れ物を手に取ると、中身を零さない様、ゆっくり蓋を開く。
容器の中には、白い半固形状の薬が入れられており、鼻に抜けるような匂いがした。ダームは、その塗り薬を少しずつ手に取り、傷口へ丁寧に塗り込んでいく。
暫くして、全ての傷口に薬を塗り終えたダームは、薬が入った容器をベッドサイドへ戻す。そして、傷を服で覆うと、静かにベッドの中へ潜り込んだ。
ベッドに潜り込んだ少年は、泣き顔を隠す様に、掛け布団を自分の顔に被せた。彼は、布団の中で何度か姿勢を変えると、細く長い息を吐く。
いつしかダームは眠りに落ち、皆が活動し始めた音と、天窓から差し込む朝日によって目を覚ました。彼は、目覚めてから暫くの間、見慣れない部屋をただぼんやり眺めていた。
程なくして、ダームは部屋の中に自分一人しか居ない事に改めて気付き、深い溜め息を吐く。そして、彼は意を決した様に布団から出ると、元気良くベッドから起き上がった。
ダームは、目を覚ます為に何度か頬を叩き、軽く伸びをして部屋の出口へ向かっていく。
その瞬間、誰かが部屋のドアを開けた。ダームは、それを避ける余裕が無かった為か、開かれたドアに思い切り顔面をぶつけてしまう。
少年は低い声を漏らし、鈍い痛みが走る額を押さえながら後退りをした。その足取りはよろめき、危うく後方へ倒れそうな程だった。
「すみません! ドアの傍に居るとは思いませんで」
ダームが体勢を立て直した時、彼の耳にアークの声が届いた。アークの声は所々裏返っており、それが彼の気持ちを表している様でもある。
「大丈夫だよ」
ダームは額に当てた手を離し、ドアの取っ手へ手をかける。
「ちゃんとノックをしてから開けるべきでした」
アークは、恥ずかしそうに頭を掻きながら話し出した。彼の頬は赤かったが、その目元には隈が出来ている。
「簡単なものですが、朝食を作ってきました。食べながらで構いません、心の準備が整ったならば、今回の一件について、知っている事を話して下さい」
アークは、手に持っていたバスケットを持ち上げ、ダームに見せる。ダームは、虚ろな目でバスケットを眺めた後、アークの顔を見上げ頷いた。
「大丈夫だよ。二人についてアークさんから聞きたい事も有るし。昨日は、殆ど何も食べていなかったから、お腹も空いているし」
ダームは、目を潤ませながら微笑み返した。少年の表情はぎこちなく、それを見たアークは心配そうに目を細める。
「ありがとうございます。それでは、部屋に入りますね」
アークは、少年が宿泊している部屋へ入った。その後、アークは静かにドアを閉め、部屋の中を軽く眺める。
「今の所、この部屋に椅子は有りません。ですから、ベッドに腰掛けながら食べましょうか。用意したのは、食器を使わなくても食べられる料理ばかりです。特に不都合は無いでしょう」
アークは、ベッドの縁に腰を下ろした。彼は、バスケットを自らの左横に置くと、ダームにベッドへ座るよう目配せをする。
彼の目配せに気付いたダームと言えば、数秒の間をおいてから腰を下ろした。これにより、バスケットはアークとダームに挟み込まれた。
「正直なところ、ダームの口に合うかどうか分かりません。ですが、こう見えても料理に自信が有りますから、安心して下さいね」
彼は、ダームが落ち着いた頃合を見計らって話し出すと、バスケットの蓋を開け微笑んだ。バスケットの中には、長方形をした白く薄いパンに、ハムや卵を挟んだものが多く入れられている。また、小さめのティーセットも入れられており、それは木製の仕切りによってパンと分けられていた。
「それでは、食べながらで良いので聞いて下さい。私の知っている事は多くありません。ですが、多少はダームの役に立てると思います」
優しい声で話すと、アークは少年の腫れた瞳をじっと見つめる。対するダームは小さく頷き、顔をアークの方へ向けた。