会話の歯車は少年が居ると回る
文字数 1,976文字
「すまなかった。聖霊の力を手に入れる為とは言え、少々無理をした様だ」
ベネットは、重々しい空気を払拭する様に言葉を発する。そして、彼女は軽く目を閉じると、青年に向けて深々と頭を下げた。
「いや、俺こそ悪かった。少しでもサポート出来てりゃ、お前が無理する必要も無かったしな」
ザウバーは、慌てた様子で声を発した。彼は数回頭を振ると、ベネットへ顔を上げるよう伝える。
ベネットは顔を上げ、再び青年の瞳を見つめた。この時、彼女の瞳は落ち着いた褐色に戻っていた。すると、元に戻った瞳の色を見たザウバーは、安心した様子で口角を上げる。
「初めて手に入れた聖霊の力を使いこなすのに、どれ位の時間が掛かった?」
ザウバーは、ベネットの瞳を真っ直ぐに見つめると、意を決した様に問い掛けた。しかし、ベネットは青年の頓狂な問い掛けに驚いたのか、困惑した様子で言葉を失ってしまう。
「いや、聖霊の力を使うだけなら、直ぐに出来るのかも知れねえ」
ザウバーは、慌てて自らの質問に説明を加えていく。
「残された魔力や、その場の状況に応じて、適切な力を使う。それが出来る様になるまで、どれ位掛かった?」
そこまで話すと、ザウバーは気まずそうな表情を浮かべ、頭を掻く。
「それを聞いて何になる。聖霊の力に限らず、力を使いこなすのには個人差が有る。私に聞いたとして、何か変わる訳でも有るまい」
青年の話を聞いたベネットは、そこまで伝えると大きく息を吐き出した。
「ダームみたいなガキは守ってやらなきゃならねえ。それに」
素っ気ない返事を受けたザウバーは、そこまで話すと唇を噛む。そして、彼が再び言葉を紡ごうと口を開けた時、買い出しに行っていたダームが戻った。ダームは大きな紙袋を抱えており、その表情は自信に満ち溢れている。この時、ザウバーは驚いた様子で口を閉じ、目線を少年の方へ向けた。
「おかえり、ダーム。大分買い込んできた様だが、重くは無かったか?」
ベネットは、立ち上がって少年の方へ歩み寄ると、心配そうに問い掛ける。この時、ベネットの足取りは軽く、先程まで気を失っていた事が疑わしい程、声もしっかりとしていた。
「これ位、大丈夫だよ。旅を始めてからは、毎日鍛えてる様なものだし。それに、アークさんにみっちり鍛えられたから」
問い掛けられたダームは、軽々と荷物を上下させながら答えた。
「それより、ベネットさんは大丈夫なの?」
体調について尋ねると、少年はベネットの顔を覗き込む。この際、ダームが手に力を込めた為、抱えていた紙袋は小さく掠れた音を発した。
「大丈夫だから、心配しないで欲しい。ザウバーも言っていた通り、聖霊の力を手に入れるには代償を伴う。詳しい事は後で説明する。ただ、得た聖霊の力によって、その代償に差が有る。それだけ言っておこう」
ベネットは、明るい声で伝え、微笑んだ。そして、少年が持っていた紙袋を受け取ると、窓際に置かれた机の上へ静かに降ろす。
一方、ベネットが机の方へ向かったことに気付いたダームは、足早に彼女の元へ向かっていった。それから、机の横で膝をつくと、買った品物を次々に机の上へ並べていく。
「始めは飲み物だけ買ってこようと思ったんだけど、美味しそうな果物が売ってたから買っちゃった」
ダームは、紙袋から出した黄色い果物を楽しそうに掲げ、ベネットの瞳をじっと見つめる。すると、取り出された果実からは、濃厚な甘い香りが広がっていった。
「でね、始めは美味しそうな匂いに惹かれたんだけど、この果物は美味しいだけじゃなくて体にも良いんだって」
果物について説明すると、ダームはそれをベネットへ差し出した。果物を差し出されたベネットと言えば、少年に礼を言いながら手を伸ばす。
「体に良いって言っても、それをどうやって食べるか知ってんのか?」
二人のやり取りを近くで見ていたザウバーは、半ば呆れた様子で話し出す。そして、少年が持っていた果物を奪い取ると、その果実をじっくり眺めた。
「どうやってって、そのまま食べれば良いんじゃないの?」
青年に話し掛けられたダームは、不機嫌そうに声を漏らす。それから、ダームは青年の目を見据え、奪われた果物を取り返そうと、勢い良く腕を伸ばす。しかし、腕が伸びきる前に青年が立ち上がった為、ダームの手は虚しく空を切った。
「こんな皮の厚い果物、野生児のお前じゃあるまいし、そのまま食えるかよ。それに、冷たい方が旨いってもんだ」
ザウバーは、呆れた様子で溜め息を吐く。この際、ダームは複雑そうな表情を浮かべたが、ザウバーは彼の気持ちに気付く事無く話を続けていく。