予期せぬ再会
文字数 1,695文字
「おはようございます。もう直ぐ到着致しますよ」
アーサーは笑みを浮かべ、馬車の小窓から外を眺めた。ザウバーは、彼へつられる様に外を眺め、大きな欠伸をする。
「確か、必要なのはベネットだけ……だったよな?」
そう話すと、ザウバーはアーサーの顔を真っ直ぐに見つめる。
「はい。総司令から指示されたのは、フェアラの調査及びベネット様を連れ帰ることです」
彼の回答を聞いたザウバーは小さく頷き、それからダームの顔を一瞥する。
「じゃ、俺達は消えるとするか」
そう話すと、ザウバーは大きく息を吸い込み、呟く様に詠唱を始める。アーサーは、彼の様子に目を丸くし、ベネットと顔を見合わせた。
「誘い賜え……ヴェーグリヒ!」
ザウバーが呪文を唱えた瞬間、馬車の中に光が溢れ、彼はダームと共に姿を消した。それを見たアーサーは驚声を漏らし、ベネットは青年の考えを推察し始めた。
ザウバーらの転移先はフェアラよりは大きな町で、所々に小さな店が建っている。人の行き交いは多くなく、すれ違うのは数人程度のものであった。また、建物の間に葉の茂った樹木が植えられており、それらが大気を浄化している様でさえある。
「なんでいきなり転移したの!」
そう話すダームの顔色は微かに青く、体調の悪さが窺えた。また、少年の蒼い瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「俺は、あの街に居辛いしな」
ザウバーは、少年から目を逸らして話すと、何度か左手で頭を掻く。
「それ、僕に関係無いし。ヘイデルに着いたら、直ぐにト」
「あら! もしかして」
ダームが不機嫌そうに言葉を発した時、それを遮るように女性の声が響く。壮年の女性は、静かにダームの前へ回り込むと、少年の顔を確かめる様にじっと見た。彼女の身長はダームより僅かに高く、その髪に所々白髪が混じっている。女性は、何度かダームの顔を眺めた後、安心したような笑顔を浮かべた。
「やっぱり、ダーム君ね! あの日以来、見かけなかったから心配していたのよ」
女性は、そう話すと胸に手を当て、安心した様子で目を瞑った。一方、ダームは女性の名前を思い出せないのか、瞬きしながら目線を泳がせる。
「ごめんなさいね。友達の母親の顔なんて、覚えていないわよね」
女性は、少年の頭を優しく撫で、ザウバーの顔を一瞥する。
「私の名前は、リアン。ダーム君の友達、フレンの母親です」
リアンの言葉に、ダームは何か思い出した様に声を漏らした。
「フーの!」
ダームは目を大きくして、リアンの顔を見上げる。
「じゃあ、フーも無事だったの?」
ダームがそう問い掛けると、リアンは小さく頷いた。
「良かった……てっきり、みんな居なくなっちゃったって思ってた」
少年は、言いながら笑顔を作り、溢れ出した涙を指先で拭った。ダームの体は小刻みに震え、それは段々と大きくなっていく。
「久々に会った仲なんだ。立ち話もなんだし、軽食が出来る店に入らないか?」
リアンは少し考えた後で青年の提案を受け入れ、ダームも頷いた。了承を受けたザウバーは、近くにある喫茶店を指差し、三人は彼の指し示した店へ向かっていく。
ザウバーを先頭に三人が喫茶店に入ると、彼らの元に店員が現れ、直ぐに窓際の席へ案内する。その席は日当たりが良く、並べられた椅子はほんのりと暖まっていた。ザウバーは、リアンに奥の席へ座る様に伝え、ダームにはその対面へ座るよう促した。しかし、少年が首を横に振った為、ザウバーは少年を座らせようとした場所に座る。その後、店員はメニュー表をテーブルの中心辺りに置いて立ち去った。一方で、ダームは顔を赤らめながら周囲を見回す。
「えっと……僕、トイレに行きたいな」
ザウバーは少年の方を向いて頷き、リアンは「いってらっしゃい」と一言をかける。ダームは、ゆっくり席から立ち上がると、近くに居た店員へ駆け寄り、それからトイレへ向かっていった。