密談とゆるんだ涙腺

文字数 2,781文字

 ベネットらが病室を発ってから十数分後、彼女らは教会内の応接室に居た。応接室の中心には大きな木机が置かれ、その長辺と平行する様にソファが置かれている。机の上には、綺麗に洗われた白い布が掛けられ、表面を革で覆ったソファにも同じ色のカバーが掛けられている。また、机の中心辺りに水色をした花瓶が置かれ、薄い黄色をした花が一輪飾られていた。
 
 ベネットと司祭は、向かい合う形でソファに腰を下ろしており、他愛無い話をしながらアークの到着を待っている。二人が応接室に入って数分が経った時、その部屋のドアを叩く音が響いた。

「どうぞ、お入り下さい」
 その音を聞いた司祭は、落ち着いた声を発した。すると、応接室のドアは開き、そこからアークが顔を覗かせる。

「失礼します」
 アークは頭を下げ、自ら開けたドアを閉める。彼は、司祭の言い付け通り着替えており、厚手の生地を使用した上着にはフードが付いていた。その上着は灰色の長袖で、丈は臀部を隠す程度の長さだった。また、緩めに作られたボトムスは、アークの足首までしっかりと覆っている。
 
「アークも座って下さい」
 司祭は座る位置を変え、開けたスペースを軽く叩いた。彼の仕草を見たアークは司祭へ礼を言い、開けられた場所に腰を下ろす。

「サイズや着心地に、問題はありませんか?」
 司祭は、そう問い掛けるとアークの方へ顔を向けた。質問を受けたアークは司祭の居る左側を向き、胸元に手を当てながら口を開く。
 
「袖の長さも丁度良いですし、肌触りも快適です。ただ……普段、こういった服は着ないので、似合っているかどうかは分かりません」
 アークは恥ずかしそうに微笑み、対面に座っている女性を一瞥する。ベネットは、その一瞬の視線に気付いたのか、アークの服を見つめながら口を開いた。
 
「似合っていると思うぞ。私だけに言われても、納得がいかないかも知れないが」
 ベネットは、自ら感じたことを述べると、司祭の意見を窺う様にその目を見る。

「二人共、否定的な物言いをしないで下さい。選んだ私までへこむじゃ無いですか」
 彼の一言でベネットとアークは顔を見合わせ、どこか安心した笑顔を浮かべる。
 
「さて、そろそろ本題に移りましょう」
 二人の緊張が解けたと感じたのか、司祭は真剣な眼差しでベネットとアークの目を見つめた。彼の視線に気付いた二人は小さく頷き、静かに話の続きを待つ。

「結界を張る為の、正式な手順をお教えします」
 司祭は胸の前で手を合わせ、静かに目を瞑った。すると、彼の周りに銀色の光が生じ、それは段々と範囲を広げていく。その銀色の光は、ベネットやアークまでをも包み込み、室内の空気は厳かなものになっていった。
 
「さて」
 司祭は目を開き、組んでいた手を離して膝の上に乗せる。

「この術の情報は、裏を返せば街を危険に曝しかねません。ですから、術式を組む手順が、文書として残されることは無いのです」
 司祭は、そこまで話すとベネットの目を見つめ、大きく息を吸い込んだ。

「そして、その存在及び術式を組む手順は、代々信頼のおける聖職者にのみ語り継がれてきました」
 司祭の話に、アークは気まずそうに目を伏せ、ベネットは一言も聞き漏らさぬよう耳を澄ませた。
 
「街へ入らんとする魔物を浄化する結界。これは、術者の力量だけでなく資質も重視され、神聖な力を持たぬ者が組むことは、限りなく不可能であるとされております」
 司祭は、そこまで話したところで軽く目を瞑り、気持ちを落ち着ける為に何度か深呼吸を行った。

「また、一度術式を組んだ以上、その術者が亡くなるまで、他者が術式を組むことは不可能。逆に言いますと、術者の命が続く限り、結界が消えることはない」
 司祭は大きく息を吐き出し、ベネットの目を見つめる。ベネットは彼の瞳を見つめ返し、司祭の思惑を探ろうと試みた。
 
「つまり、術者の一生をかけて、街を守る結界なのです」
 司祭は長く息を吐き出し、ベネットの目を真っ直ぐに見つめる。

「それは即ち、結界を張り続ける為、死ぬまで力を使い続けるということ。それでも、この街を守って頂けますか?」
 ベネットは、司祭の話に小さく頷き、胸元にそっと手を当てる。

「私に、それが出来るのならば」
 返答を聞いた司祭は、安堵の表情を浮かべ口を開く。
 
「ありがとうございます。他に重大な使命が有るのに、負担を掛けますね」
 司祭は涙を浮かべ、それを軽く指で拭った。彼の涙を見たベネットとアークは目を丸くし、心配そうに司祭の顔を覗き込む。

「ああ、すみません。年を取ると、涙腺が緩くなるようで」
 そう話すと、司祭は内ポケットから一片の布を取り出し目頭に当てる。彼は、涙を拭った布を握ると、微笑しながら話し始めた。
 
「初めてお会いした時を思い出してしまって。随分と立派になられたものだと」
 司祭は再び目頭を押さえ、ベネットとアークは静かに話を聞いている。

「すみません。今は、無駄な話をするべきではありませんね」
 それだけ話すと、司祭は苦笑しながら白い布をポケットに仕舞い込む。そして、口元に手を当てて咳払いをすると、真剣な表情を浮かべて口を開いた。

 司祭は術式を組む手順を告げていき、ベネットは彼の話を聞き漏らさない様に集中している。アークも司祭の話を聞いてはいるが、当事者では無いせいかどこか退屈そうでもあった。全ての話が終わった時、司祭はベネットの目を真っ直ぐに見つめ、説明した内容を理解したか尋ねる。彼の問いに、ベネットは肯定の返事をなし、それを聞いた司祭は微笑みながら頷いた。
 
「では、早速向かいましょう。お仲間さんが何時到着するか分かりませんし、早めに済ませた方が得策でしょう」
 司祭は、左手を顔の高さに上げて指を鳴らす。すると、それをきっかけとするように銀色の光は消え、術を解いた司祭はゆっくり立ち上がった。彼の行動に気付いたアークと言えば、司祭が移動出来るようソファから立ち上がり、直ぐにドアの方へ向かって行く。そして、アークはドアを開けて右手で支えると、他の二人に外へ出るよう優しく告げた。

 アークの台詞を聞いた司祭は小さく頷き、ゆっくりした足取りで廊下へ向かう。ベネットは、アークへ礼を言って立ち上がり、足早に応接室を出ようと歩き始めた。司祭とベネットが応接室を出た後、アークは二人の後を追う。そして、アークが応接室のドアを閉めたところで、司祭は他の二人を先導して歩き出した。
 
 その後、三人は静かに教会内の廊下を歩き、地下へ続く階段を下りた。日光の届かない階段は暗かったが、アークが周辺を照らす呪文を唱えたことにより、彼らの周囲は明るくなった。階段を下りきった後、司祭は後方を振り返りながら歩みを進め、何の変哲もない壁の前で立ち止まる。彼は、手招きすることによって二人を引き寄せると、微笑しながら口を開いた。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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