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文字数 2,503文字
その瞬間、牢に閉じ込められていた人々を見ていたザウバーは、目を開いてベネットの瞳を見る。
「フェアラの奴らかは知らねえが、牢に入れられていた奴なら見た。一応、牢の鍵は見つけて、開けられるのも確かめた。ただ」
ザウバーは、気まずそうに目を泳がせ、話し辛そうに口を開閉させた。
「牢に居た全員を逃がした訳じゃない」
その言葉を聞いた瞬間、ベネットは呆れた様子で溜め息を吐く。
「いや、だからこそ、早く向かおうぜ? 道標は残してきたから」
苦笑すると、ザウバーは自らの通ってきた通路を一瞥する。ベネットは、相変わらず呆れた表情を浮かべていたが、彼の意見へ賛成する様に立ち上がった。
「そうだね。ベネットさんが居れば、あの人達の怪我も治せる」
嬉しそうに話すと、ダームは何か言いたげに青年の顔を覗き込んだ。
「そういうこった。鍵を開けられる奴なら他にも居るが、回復術を使いこなせるのはベネット位だ」
すると、ベネットは二人の言葉に納得したように頷き、微笑しながら青年の瞳を見つめた。
「俺が案内するから、とっとと出発しようぜ?」
そう言って片目を瞑ると、ザウバーは二人の返事を待つことなく歩き始めた。
ダームとベネットが青年の後をついて行くと、そこには今までいた場所と余り変わらない空間が広がっていた。その左右には、無機質な岩壁が無言で佇んでおり、湿った地面は歩みを進める度に不快な音を立てていた。ザウバーは、少し進んだ所で立ち止まると、足を肩幅程の広さに開いて目を瞑る。
この際、彼の後ろを歩いていたダームは、転びそうになりながら立ち止まった。ダームは、いきなり立ち止まった青年へ文句を言おうと、その背中を強く叩く。しかし、彼が何度強く叩いても、ザウバーが後方を振り返ることは無かった。
「我が力において命ず、今こそ芽吹いて光を示せ!」
ザウバーは低くしっかりした声を発した。大きな呼吸を繰り返すと、ザウバーは目を開いて前方を確認する。すると、彼の目線の先には、先程までは無かった小さな花が、花弁から光を発して佇んでいた。その花は、ザウバーから見て左側に生えており、その存在を主張するかの様に左右に小さく揺れていた。
ザウバーは後方を振り返り、仲間の顔を見て自慢気に笑ってみせる。
「なかなか面白い道標だろ?」
ところが、ダームは怪訝そうな表情を浮かべ、無言で青年の目を睨み付けた。また、ベネットは少年の背後からザウバーの顔を見ると、呆れた様子で小さく溜め息を吐く。
「今は、牢の有る場所へ向かう方が先だ」
「そうそう。そんな所で立ち止まって無いで、早く先に進んでよ」
ダームは、ここぞとばかりに言い放つと、人差し指を立て嬉しそうに腕を前方へ伸ばした。ザウバーは、二人の反応に面食らった様子で静止するが、ダームが彼より先に進もうとした為、慌てて少年の行く手を阻んだ。
「分かったから、案内させろ」
そう言って苦笑すると、ザウバーは仲間の顔を一瞥する。彼は残念そうに息を吐き出すと、肩を落として再び歩き始めた。
ザウバー先導のもと、三人は薄暗い通路を歩き続けていた。その間、ザウバーは何か言いたそうに後方を振り返るが、言葉を発することは無かった。そして、狭い通路から多少は開けた場所へ着いた時、ザウバーは立ち止まって周囲を見渡す。彼の見渡す先には、幾つもの牢が有り、その内外には疲れ切った様子の人々が居た。その数は少なくとも二桁に達しており、殆どの者達から生気が感じられない。その状況を見たザウバーは、気持ちを落ち着ける為に深呼吸をし、目線を仲間の方へ移す。
「ここが、話しておいた場所だ。俺は、鍵を渡した奴を捜すから、ベネットはやばそうな奴から回復させてやってくれ」
彼は自らの考えを述べると、ベネットの意見を窺う様に瞳を見つめる。ベネットは、彼の意見へ同意する様に頷き、直ぐに倒れ込んでいる男の元へと駆け寄った。
「ダームは、ベネットの近くに人を集めてやってくれ。その方が、ベネットに移動させるより手っ取り早い」
ダームは青年の目を見て頷き、座り込んでいる人の元へ駆けていく。ザウバーは大きく息を吐き出すと、自らの役割を果たすべく、早足で目的とする人物を探し始めた。
程なくして、ザウバーは鍵束を持つ男性を見つけ、直ぐにその人の元へ駆け寄っていった。男性は、怯えた様子で身をすくめるが、敵意の無いザウバーを見て緊張を解く。
「ありがとうな。残りは、俺がやるから休んでいてくれ」
落ち着いた声で話すと、ザウバーは微笑みながら右手を差し出した。鍵束を持つ男性と言えば、差し出された手を一瞥し、一呼吸置いてから鍵束を青年に手渡した。鍵束を受け取ったザウバーは、それをしっかりと握り締め、頷きながら笑みを浮かべる。彼は、大きく周囲を見回すと、開けられていない牢の前に立ち、その扉を開けられる鍵を探し始めた。
そうして、彼は次々に牢の鍵を開けていき、ベネットは解放された人々の傷を癒やしていった。しかし、既に亡くなっている者や、怯えて牢の中から動かない者もおり、人々の救出は決して順調とは言えなかった。それでも、三人は自分の出来ることを精一杯こなしていき、牢に入れられていた人間の殆どは、その束縛から解放された。
そんな三人の行動に心を打たれたのか、助け出された人々の幾らかは、怯えて動けなくなっている者への説得を始める。すると、徐々にではあるが、怯えていた者達の緊張は解けていき、いつしか生きている者達は一所に集まっていた。
ダームは、人が集まってきたことに安堵する一方、既に冷たくなっている者に気付いて悲傷する。ザウバーは、そんな彼の肩を優しく叩くと、生きている人間を助ける方が重要だと言って聞かせた。この際、ダームは涙を浮かべて反論しようとするが、悔しそうな青年の顔を見るなり口を噤んだ。そして、ダームは静かに涙を拭うと、青年の方に向き直って小さく頷く。それから、二人は人々の集まっている場所へ向かうと、その中心部に居るベネットへ近付いていった。