危険を伴う儀式

文字数 3,733文字

 それから数時間が経ち、アークは応接室に戻ってくる。その表情に疲れが浮かんでいたが、アークはそれを悟らせまいと、笑顔を浮かべた。
 
「お待たせ致しました。儀式を行う場所迄ご案内します」
 アークは応接間のドアを押さえ、ベネットに廊下へ出る様伝えた。ベネットと言えば、アークに礼を述べながら廊下に出、ドアの横で待機する。

「では、行きましょう」
 アークは部屋のドアを閉め、建物の出口方向へ進んで行く。その後、アークは無言のまま案内を続け、教会の一室の前で立ち止まった。彼らの居る場所は薄暗く、じめじめとした空気が漂っている。アークは、重々しいドアを見つめると、小さく溜め息を吐き、ベネットの方を振り返った。
 
「こちらです。かなり暗い場所なので、注意して下さい」
 アークはドアノブに手を掛け、手前に引いた。ドアは、耳障りな高音を出しながら開き、室内に溜まった冷気を吐き出していく。アークは、人が余裕で通れる程にドアを開けると、ベネットに部屋へ入る様に言った。対するベネットは、彼に会釈をし、ゆっくり部屋の中へ入っていく。
 
 ベネットの入った部屋は暗く、部屋の四隅にある蝋燭の炎が唯一の光源だった。また、部屋の中は静かで、呼吸音や服の擦れる音だけが暗がりに響いている。その部屋の中心に長方形の台座があり、大人が一人寝られる長さを有していた。また、その台座を中心に二重の円が描かれ、周囲に六本の燭台が用意されている。
 
 円は白色の染料で描かれており、その直径は台座の長辺の二倍程あった。白線は蝋燭同士を繋ぐ様にも描かれており、それは円の内部で網状の模様を作り出している。そして、部屋の奥には、全身を群青色のローブで包んだ者達が居る。アークが部屋に入ってドアを閉じた時、部屋に居た者の一人がベネットへ近付き、口を開いた。
 
「お待ちしていました」
 発言者は左腕を伸ばし、台座を指し示す。彼は、ベネットが台座の方を見た時、気を落ち着ける様に息を吸い込んだ。

「あちらで横になって下さい」
 発言者は頭を下げ、ベネットは慎重に台座へ向かっていった。彼女は台座で仰向けになると、緊張した面持ちで次の指示を待つ。ベネットの側に居る者は、台座に近付くと、しゃがみ込んで台座の下へ革紐を通した。彼は、それを台座の左右で軽く伸ばすと、ベネットの体を台座に固定し始める。
 
「待って下さい。それをする必要は有るのですか?」
 アークは、慌てた様子で声を発し、男が革紐を持つ手を強く掴む。手を掴まれた男性はアークの方に向き直り、つまらなそうに口を開いた。

「儀式の途中で落ちたら危ないですから」
 小さく低い声で話すと、男性は目線を落としてアークに掴まれている手を見つめた。アークは唇を噛み、掴んでいた手を無言で離す。
 
「警告します。儀式が始まったら、何もしない様に願います。特に、

、命の保証はしかねます」
 発言者は目線を部屋の出入口へ移し、アークに離れる様伝えた。アークと言えば両手に力を込め、男の目線の先へ向かって行く。
 
「ご協力ありがとう御座います。では、始めます」
 男性は、言い終わらないうちに顔を部屋の奥へ向け、そこに居た者達へ向けて手招きをした。部屋の奥に居た内の二人は、隅に在った蝋燭を持ち、男の方へ近付いて行く。彼等は、それぞれベネットの真横に立ち、互いに顔を見合わせた。

 その一方、アークと会話をしていた男は、ベネットの頭方へ移動し、無言で二人へ目線を送る。彼等がそうした時、部屋の奥に居た者が歩き出し、部屋の隅で灯されていた二本の蝋燭を吹き消した。その後、彼は仲間の持つ蝋燭の炎を頼りに歩き、ベネットの足元で立ち止まる。彼の前に立つ男は静かに一歩後退し、残りの二人は手に持つ蝋燭を高く掲げた。その内、ベネットの左側に立つ者は大きく息を吸い込み、蝋燭を胸の辺りまで下ろす。
 
「大地に眠りし偉大なる力よ。今、ここに」
 低い声で言うと、男性は膝を折り、足元にある蝋燭に火を灯す。灯された炎は褐色に輝き、それを確認した男性は静かに立ち上がった。それから、ベネットの右側に居る男性が蝋燭を胸元まで下ろし、微かに目を細めて口を開いた。
 
「我等を包みし大気の力よ。今、ここに」
 言い終えると、彼は足元に在る蝋燭へ火を灯す。灯された炎は淡い緑色を示し、それを見た男性は静かに立ち上がった。その後、蝋燭を持つ二人は顔を見合わせ、ゆっくりと右側に在る蝋燭の方へ移動した。彼らは、先程と同様に足元の蝋燭へ火を灯し、灯された炎はそれぞれが藍色と紅色に染まる。
 
 二人は、再び右側に在る蝋燭の前へ移動し、蝋燭に炎を灯していった。最後に灯された炎は白い光を放ち、それを確認した二人は手元の灯火を吹いて消す。彼等は、白煙の立ち上る蝋燭を床に置くと、音もなく炎を灯す前の位置に戻った。それを合図とする様に、ベネットの頭側に居る者は両腕を高く掲げ、大きく息を吸い込んだ。
 
「悪しき呪縛よ、我らの声に従いて、彼の者を解放せよ」
 男性が言い放つと、他の者達も両腕を上げ、床に描かれた陣は光を帯びていく。光は、蝋燭の炎色に呼応するように色付き、その明るさは段々と強くなっていった。

 そして、光が彼らの表情を鮮明にする程強くなった時、まるで風が吹いている様にベネットの髪は上方へ揺れた。それを見た術者は大きく息を吸い込み、両腕を静かに下ろす。彼らは、掌を陣へ向けると目を細め、ゆっくり息を吐き出した。
 
 その後、彼らは静かに腕を上げていき、それに伴って陣の光も上方へ移動する。その光がベネットの体の下まで来ると、陣から微かな風が吹き始めた。風は次第に強くなり、ベネットだけでなく術者の髪や服を揺らしていった。術者は、再び大きく息を吸い込むと、尚も両腕を上の方へ動かしていく。

 陣の光がベネットの首にまで到達した時、風は離れて立つアークの服を靡かせるまでになり、術者は飛ばされぬよう両脚に力を込める。そして、術者の掌がベネットの体より上部へ位置した時、その体は完全に光に包まれた。すると、陣から吹く風も次第に収まり、術者達は安心した様子で小さく息を吐く。
 
 ところが、術者が手を下ろそうとした時、ベネットの首筋から黒い煙の様なものが沸き上がる。それを見た術者らは目を細め、黒い物体へ向けて手を翳した。黒い物体は次第に大きくなり、音も無くベネットの首筋から離れた。

 その物体は、ベネットの上で渦巻くと、次第に形を変えていく。ベネットの体から離れて十数秒後、黒い物体からは一対の角らしきものが現れ、周囲に低音を放っている。その音を聞いた術者の額には汗が浮かび、顔色は段々と青ざめていった。
 
 黒い物体から四股らしきものが生じた時、術者の一人が床に倒れ込んだ。それを見たアークは、咄嗟に倒れた術者の方へ向かい、その体を起こそうとする。

「止め……っ!」
 倒れた術者の対面に居る男が声を発した時、黒い物体はアークへ向かって動き始めた。アークは、気配でそれに気付いたのか、黒い物体の方へ顔を向ける。刹那、黒い物体はアークへ襲い掛かり、瞬く間に彼の全身を覆った。黒煙に包まれたアークの瞳孔は大きく開き、その指先は奇妙なまでに伸ばされている。
 
「早く聖水を!」
 アークから離れた位置に居る術者が叫ぶと、その左前方に居る者が小さく頷く。そして、彼は首に掛けられたネックレスを外すと、それを思い切りアークの胸元へ叩き付けた。そのネックレスには小瓶が付けられており、それはアークに叩き付けられた衝撃で砕け散る。砕けた小瓶からは透明な液体が流出し、それは蝋燭の光を反射したのか微かに輝いている。
 
「駄目です、このままでは」
 術者の行動も虚しく、取り巻く黒い靄は晴れず、彼の瞳孔は開いたままだった。それを見た術者らは、顔を見合わせ小さく頷く。

「教会の者へ助けを呼びに行きます。手元に有る聖水では到底足りません」
 アークへネックレスを投げた術者は、足早に部屋を去った。彼が去った後、部屋には重苦しい空気が流れ始める。途中、ベネットはアークの容態を確認しようと首を擡げた。しかし、彼女は体を固定されている為、アークの姿を確認することは叶わない。
 
 十数分もの沈黙が続いた後、部屋に複数人の足音が近付いてきた。足音の主達は部屋へ入るなりアークの両脇を抱え、直ぐに部屋から出ようとする。

「待て!」
 気配でそれに気付いたベネットは、思わず声をあげた。しかし、続ける言葉が見つからないのか、彼女は気まずそうに唇を噛む。すると、彼女の気持ちを察したのか、アークを連れていこうとしたうちの一人が口を開いた。
 
「大丈夫です。別の場所で、然るべき処置を行うだけです」
 ベネットは、その言葉に眉をしかめるが、発言者に対して何か言うことは無かった。アークと倒れている術者は素早く部屋の外へ出され、室内は再び静寂に包まれた。
 
 アークが運び出されてから暫くした後、部屋に残った術者達は仕事を再開する。ベネットは、溜め息を吐きながら目を瞑ると、儀式が終わるのを耳を澄ませて待った。しかし、彼女は儀式の途中で気を失い、そのまま教会内にある部屋へ移動させられることとなった。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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