見知らぬ海辺
文字数 1,755文字
「ベネットさん。ここは、一体どこなのかな?」
少年は女性の服を軽く引き、顔を見上げる。少年の声は小さく震え、彼らの居る場所の寒さが窺えた。
少年に呼び掛けられた女性は、一呼吸置いてから海岸沿いを見回す。すると、彼女の瞳には、数分程歩けば着く場所に建つ小屋が映し出される。
「私にも良く分からない。だが、近くに建物が見える。一先ず、あの建物の方に向かってみよう」
少年の質問に答えると、ベネットは自らの長髪を掻き上げた。彼女が言葉を発する度に白い息が生じており、それは海風に乗って霧散していく。
また、彼女の黒髪は風によって微かに靡き、時折その毛先が少年の頬を撫でていた。一方、彼女の横に立つ少年は、自らの顔に触れる髪を気にすることなく、青年の顔を見上げる。
「だな。ずっと寒い場所に居たから、早く宿を見つけて暖まりてえ」
そう話す青年の顔色は蒼白で、絶え間なく体を震わせている。また、潮風によって濡らされたのか、彼の髪は微かに湿っていた。
男性は、手を擦りながら二人に近付くと、素早く少年の背後に周り込んだ。その後、少年が振り返る間もないうちに、青年は少年の首へ冷え切った手を静かに添える。
少年は、突然の出来事に背筋を思い切り震わせ、間の抜けた声を漏らした。そして、彼は男性の手を振りほどく為に体を捻る。
「ザウバー! いくら寒いからって、僕で暖まろうとしないでよ!」
少年は、叫び声をあげながら男性の目を見据え、数歩後ろに下がる。それから、少年は身に付けている上着の襟を掴むと、自らの首を護るように引き上げた。
「いいじゃねえか少し位。子供の体温は高いって言うしな」
ザウバーと呼ばれた男性は、全く反省の色を見せる事無く笑い始める。彼の台詞を聞いた少年は、不機嫌そうに口を尖らせた。
「全然、理由になってない!」
少年は、歯を鳴らしながらベネットへ目線を送る。少年の目線に気付いたベネットと言えば、細く長い息を吐きながら、仲間の顔を見た。
「完全に日が暮れれば寒さは増す。ふざけている者は放って宿泊先を探そう」
優しい声で話し掛けると、ベネットは少し離れた位置にある建物に向かって歩き始めた。彼女の行動を見た少年は笑みを浮かべ、ザウバーへ見せ付ける様にベネットの腕に掴まる。
腕を掴まれたベネットは、少年の顔を横目で見、歩く速度を緩めた。そんな二人の様子を見たザウバーは、口から思いきり息を吐き出す。それから、彼は近くに在る建物を見、静かに二人の後を追いかけた。
目的地へ着く間に、ダームは何度かザウバーの居る方を振り返った。この間、少年は青年との距離が離れていることを知っても止まる事は無かった。
数分歩いた後、町の入口に到着したダームとベネットは、青年が到着するのを待った。その場所には、町名が書かれた看板が有り、そこに書かれた文字は雨風に曝されたせいか薄くなっている。
また、木造りの看板は所々が欠けており、それが町の閑寂さを助長している様でもあった。
ザウバーが到着した時、ダームは近くに設置された木製の看板に気付く。少年は、腰を軽く曲げて書かれた文字を黙読すると、ベネットの顔を見つめながら誇らしげに口を開いた。
「オーマの町、だって」
到着したばかりのザウバーは、少年の肩越しに町名の書かれた看板を覗き込む。彼は、看板に町の名前しか書かれていない事を確認すると、町の中を眺めた。
青年が町の中を眺めると、人だけでなく動物の姿さえ無かった。また、白い木の柵で囲まれた町には、数える程にしか家が見当たらない。その上、気候のせいか草花は殆ど生えておらず、ちらほらと見える樹木には枯れ葉すら残っていなかった。
「活気のない町だな。時間的なものもあるだろうが、人の気配が全くねえ」
「だね。宿がどこに在るのかを聞こうにも、誰も居ないんじゃ聞きようがないし」
ダームは辺りを見回し、頬を膨らませた。
「とは言え、他に集落が在るか分からない。町の中を探してみよう」
ベネットは、そう言って二人に目配せをし、町の中へ歩みを進めた。