宵闇のレストラン
文字数 1,951文字
空の色が紅色から藍色に変わり始めた頃、アークは病室内の二人に声を掛け、ドアを開ける。
「そろそろ時間ですので、レストランへ御案内致します」
アークは、微笑みながら病室へ来た目的を述べると、深々と頭を下げた。彼の話を聞いたベネット無言で頷き、ベッドの上から立ち上がる。
「既に二人とも準備は済ませてある。直ぐにでも出発可能だ」
ベネットは、言い終えたところで少年を一瞥する。
「それは助かります。実は、色々とやらなければならない事が有って、此処へ伺うのが遅れてしまったものですから」
一方、ベネットの返答を聞いたアークは、苦笑いを浮かべながら言葉を紡いだ。
「私もダームも、アークが忙しいのはわかっている。だから、気にしないで欲しい」
「そう言って頂けると助かります。それでは、店に向かいましょう」
アークはベネットに対して軽く頭を下げると、病室のドアを見た。彼は、そのドアを開けて手で支えると、ダームとベネットへ先に出るよう告げる。アークの言葉を聞いた二人は彼へ礼を言い、足早に病室を出た。
アーク先導の元、ダームとベネットは街道を歩き、煉瓦造りの店の前で立ち止まる。この時、空の色は藍色に染まっており、店先に置かれた一対のランプがその入り口を照らしていた。
人工的な光で照らされたドアは殆ど木製で、金属で作られたノブは仄かに輝きを見せている。先頭に立つアークがドアを開けると、その内側につけられたベルが高い音を立てた。そして、その音が店員らに客の来訪を知らせる。
「いらっしゃいませ、何名様での御利用でしょうか?」
三人がレストラン内に入るや否や、待機していた店員が声をあげた。落ち着いた声で話す店員は、黒い制服に身を包み、にこやかな笑顔を浮かべながらアークの目を見つめている。
「本日、四人で予約をいたしましたシタルカーと申します。もう一人は後から参ります」
アークは、その店員の目をしっかりと見つめると、既に予約してある旨と予約した人数を告げた。
「個室を予約された、シタルカー様ですね? いつも御利用ありがとう御座います。それでは、席へ御案内致します」
店員はアークに対して軽く会釈をすると、前方に右手を差し出しながら歩き始めた。三人は、店員の後を静かに追い、店の奥に行ったところで立ち止まる。
従業員に案内された先には、七色の光がゆっくりと瞬く、小さな個室が有った。その中心には、長方形をしたテーブルが置かれ、その四隅には楕円形をした宝石が嵌められている。また、テーブルの周りには四脚の椅子が用意され、柔らかなクッションが敷かれていた。
個室へ案内を終えた店員は、椅子をひいて全員を着席させ、アークが座る椅子の横へ立つ。その後、彼は白いグローブをはめた手を胸に当てると、紺色の絨毯が敷き詰められた床で跪いた。
「それではシタルカー様、予約された際の手順通りに進めてしまって、問題は御座いませんね?」
店員はアークに一つの確認をすると、予約主の顔を見上げた。彼の問いにアークは頷き、軽く息を吸い込んだ後で口を開く。
「はい、あの手順通りにお願い致します。もう一人も、既に準備を終えていると思いますので」
店員の質問を受けたアークは、その問い掛けに対して淡々とした口調で返答した。
「畏まりました」
そう言うと、店員はゆっくり立ち上がり、胸に手を当てたまま深々と一礼をする。
「それでは、こちらで暫くお待ち下さい」
一通りの仕事を終えた店員は、客達に対して頭を下げると、踵を返して立ち去った。ダームは、目を丸くしながら店員の背中を見送り、それから大きく息を吐き出した。
「なんだか、緊張しちゃうね」
店員が個室の近くから離れた後、ダームは緊張した面持ちで話し出す。
「店員さんの言葉遣いは丁寧だし、照明も凄く綺麗で高級感もあるし」
そう言うと、ダームは目線だけを動かして個室の天井を仰いだ。天井には、球状をした硝子玉が幾つも嵌めこまれ、それぞれが異なる色で室内を照らしている。
「喜んで頂けて、嬉しい限りです。この照明は、レストランの店長が魔法で光らせています。ですから、光の色や強さが日によって変わって、ちょっとした趣もあるのですよ」
少年の言葉を聞いたアークは、安心した様子で説明をする。説明を聞いたダームはアークの方へ顔を向け、大きな瞬きをしながら口を開いた。
「そうなんだ。他の日の照明も、きっと綺麗なんだろうな……あ! そう言えば、四人で予約をしたみたいだけど、もう一人は、もしかして」
ダームが、アークと店員との会話で気になった点を質問しようとした刹那、今まで明るかった室内は急に闇に包まれた。話の途中で視界を奪われたダームは背筋を伸ばし、何が起きたのだろうかと耳を澄ませる。