裁判の開始
文字数 1,964文字
「先日お伝えした通り、本日は、ザウバーの判決が下される日です。そして、その裁判へ御足労頂くにあたって、ヘイデル教会にて装束を新調させて頂きました」
彼は、箱の蓋をゆっくり開ける。
「完成までの時間を掛け過ぎ、試着まで至らなかったのが、不安では御座いますが」
アークは、そこまで話すと言葉を詰まらせた。
「それは仕方無い。特注した服と言うのは、作り上げるのに時間が掛かる。その上、OTΟの装束は、作った後に清めの儀式を行わなければならない」
アークの申し訳なさそうな表情に気付いたベネットは、気を遣わせまいと、柔和な表情を浮かべた。
「そう言って頂けると幸いです。これより、私は大司祭様の元へ向かいます。一時間程後に教会専属の美容師がこちらへ参りますので、それ迄に着替えておいて下さる様お願い致します」
アークは、そう伝えるとベネットに対して深々と頭を下げる。その後、アークは静かにドアの方へ向かい、部屋から去った。
ステンドグラス越しに陽光が差し込む中、椅子に座る人々の視線は、祭壇に立つ男性へ向けられていた。男性は、藍色のローブを身に纏い、その胸元にはヘイデルの紋章が鎮座していた。
「それでは、これより裁判を始める。被告を祭壇の前へ」
司祭が声高に言い放つと、教会の地下から、警備兵に両腕を掴まれたザウバーが現れた。長らく拘束をされていた為か、彼の顔に以前の様な覇気は無く、体は見る影も無い程にやせ細っていた。
その様なザウバーの登場に、ダームは辛そうに目を逸らした。しかし、詳しい事情を知らない者達は、次々にザウバーへ罵声を浴びせていく。
「静まりなさい」
壇上に立つ司祭は、その騒ぎを収めようと牽制した。すると、彼の厳格な声によって、教会に集まった民衆は音をたてる事を止め、祭壇の在る場所を見つめた。一言で教会内を静まらせた司祭は、大きな咳払いをしてから、次々にザウバーへ質問を投げかけていく。
その際、ザウバーは苦しそうな表情を浮かべ、一つ一つの質問に答えながら自ら犯した過ちを認めていった。教会の空気が段々と重苦しくなる中、冷静に話し続けていた司祭は、ザウバーに対する質問を終える。彼は、その目線を集まっている民衆へ向けると、ゆっくりとした呼吸をして気持ちを落ち着けた。
「それでは、そろそろ被害者に登場して頂きましょう」
司祭が一呼吸おいた後に話し出すと、彼の左側に在る扉が開かれ、ベネットが現れた。ベネットは、アークから渡された純白の装束を身に纏い、悠然と祭壇に近付いていった。彼女の着る服は、床に擦れてしまいそうな程に丈が長く、手首まで覆う袖は肩から離れた位置程緩くなっている。また、その裾や襟繰りには銀の刺繍が施され、その胸元には、十字架を元にした紋章が刻まれていた。
彼女のあまりにも神々しい姿に、集まっていた民衆は息を飲み、無意識のうちに涙を流す者まで現れた。そして、ベネットが祭壇の横に用意されていた椅子へ腰掛けると、祭壇に立つ司祭は目線を彼女の方へ動かした。
「それではベネット様、この男についてですが」
司祭は、被害者の意見を聞こうと話し始め、ザウバーを横目で見た。
「不問で構わない。私は、一度傷付けられた程度で裁きを下そうとする程、小さな人間ではない」
問い掛けられたベネットは、質問者の目をしっかりと見つめ、自ら出した答えを返していく。
「ですが、ベネット様。攻撃による傷は、命に関わるものだったと伺っております。それでも、この男を赦すと仰るのですか?」
「人間は、生まれながらに罪深い生き物だ。だが、神は愚かな人間に赦しを与えた。ならば、ただの人間でしかない私に、誰かを裁く権限など有るものか」
ベネットは、表情を変える事無く質問に答えていった。彼女は軽く目を細めると、長い息を吐きながら、気怠そうにザウバーの顔を見つめる。
「この者が使う魔法に、私が得意としないものも有る。旅の護衛をさせるには好都合だ」
「しかし、この男は護衛になるどころか貴女様を傷付け」
「同じ事を言わせるな。被害者である私が不問で構わないと言っているのだ。これ以上、無駄口を叩くなら、私は退廷する」
司祭が返す言葉を見つけられないでいるうちに、ベネットは彼の碧色の瞳を見据えた。一方、その目線に気付いた司祭は、軽く目を瞑って静かに頷く。
「かしこまりました。それでは、この件については不問と致しましょう。それでは、フォッジにおける魔法発動の件に移ります」
司祭は、広げられていた羊皮紙を纏めていく。すると、予めその動作を合図としていたかの様に、従者らしき男性が現れ、司祭に新たな書簡を手渡した。