ダームの気持ちと守る力
文字数 2,038文字
ダームは力無く呟き、よろめきながら立ち上がった。一方、アークは首を傾げ、柔らかな笑みを浮かべながら口を開く。
「その服は、警備兵の体型に合わせて大きいだけで」
「そうじゃない。僕は、早く誰かを助けられる大人になりたい」
ダームは、アークの話を遮る様に話し出した。
「大人になったからといって、自然と何らかの力が手に入る訳でも、誰かを守れる様になる訳でもありませんよ」
アークは少年の目を真っ直ぐに見つめ、数拍の間を置く。この時、彼の表情は硬く、先程までの笑顔が嘘の様であった。
「それに、守れなかった過去を悔むより、守りたいという強い心を持つ方が大事。私は、そう考えます」
「守りたいという、強い、心」
アークの考えを聞いたダームは、彼の言葉の一部を反芻する。
「はい。例えば、華奢な女性でも、自分の子供を守る為、命をも投げ出すことがある。そう聞いたことがあります。その様に、誰かを守ろうという強い気持ちが、何らかの力となって現れるのだと私は思います」
アークは首を傾げ、少年の様子を窺った。彼の話を聞いたダームは肩を落とし、不安そうな表情を浮かべながら口を開く。
「僕には、まだ守りたい気持ちが足りないって事?」
呟く様に話すと、ダームは辛そうに苦笑いを浮かべた。
「いえいえ、そういう単純な問題ではありません。助けたい気持ちが有っても、その気持ちを恐怖や困惑が邪魔をする。そして、力を上手く発揮出来ていない。何分、以前クルークの洞窟に向かった時は、ダームの持っている力がちゃんと発揮されていましたから」
アークは少年と目線を合わせる為に軽く膝を曲げ、ダームの顔を覗き込んだ。
「ダームの力は、仲間が居るからこそ発揮出来るのでしょう」
そう言うと、アークは静かに息を吸い込んだ。
「例えば、多くの魔物と対峙した際、魔法使いの詠唱時間をダームが稼ぐ。多くの術師にとって、詠唱中は無防備な状態です。魔物を寄せ付けない、それは術師にとって大変有難い行動です」
アークは、そこまで話したところで息を吸い込んだ。
「ですが、結果的に魔物は魔法で倒された。だから、無意識の内に、ザウバーが居なければ不安になってしまうのでしょう」
そう言葉を加えると、アークは少年の目を優しく見つめた。彼の話を聞いたダームは目に涙を浮かべ、下唇を噛み締める。
「確かに、ザウバーは旅を始めた時から一緒で、居ないと凄く不安だよ。でも、違うんだ。こんな時だからこそ、僕は何かをしたい。しなきゃならないんだ!」
ダームは、感情のままに言葉を発した。この時、少年の息は荒く、興奮していることが容易に見て取れた。
「どうやら、前に会った時よりも、大分成長されているようですね」
感情のこもった言葉を聞いたアークは、嬉しそうに目を細めた。しかし、思いもよらない言葉を聞いたダームは、戸惑って言葉を詰まらせてしまう。
「以前のダームは、何かを失うことに怯え、仲間から離れる度、不安になっている様でしたから」
戸惑い始めた少年を見たアークは、彼に気を遣わせまいと新たな言葉を加えた。彼の言葉を聞いたダームは目を泳がせ、大きな瞬きをしながら頬を赤らめる。
「今だって、ザウバーが居なくて不安だよ。それに、二人を失うことがとっても怖い」
ダームは、自信の無さそうな声で言葉を返していく。少年の言葉は小さく掠れ、それが今の気持ちを表している様でもあった。
「いいえ、そういう意味で言った訳ではございませんよ」
少年の不安そうな声を聞いたアークと言えば、ゆっくり言葉を紡ぎ始める。
「以前は困惑し、うろたえるばかりだった。そのダームが、今や自分に何が出来るのかを考えられる様になった」
そこまで伝えると、アークは目を細め、柔らかな表情で少年の目を見つめる。
「それだけでも、充分に成長していると思います」
意見を言い終えたアークは、少年の頭を軽く叩いた。話を聞いたダームは、小さく口を開いたままアークの顔を見つめている。
「そう、かな?」
アークの考えを聞き返すと、ダームは恥ずかしそうに頬を赤らめる。アークは頷き、疑問に答える為、ゆっくり息を吸い込んだ。
「そうですよ。基本的に、人間の心は弱く儚い。何らかの災いが降りかかった時、困惑して理性を失うのが普通です」
アークは、そこまで告げると首を振り、小さく息を吐き出した。彼は、数回瞬きをした後で息を吸い込むと、喉の通りを良くする為に咳払いをする。
「ダームは初めこそ狼狽していたものの、今は仲間をどうやって助けようか考えている。私は、これは立派な事だと考えております」
少年の気持ちを察したアークは、不安を少しでも和らげようと、なるべく分かり易い言葉で説明を加える。
「なんにせよ、悩んでいるだけでは何も解決しません。ベネット様の元へ向かいましょう」
そう言うと、アークは少年の背中を軽く叩き、ダームへ部屋の外に出るよう告げた。アークの言葉にダームは頷き、部屋から出る。