治療と回復
文字数 2,095文字
彼の声に気付いたベネットとルキアは、驚いた様子で彼の方を振り返った。聞き慣れた少年の声を聞いたベネットは、その名前を呼ぼうと息を吸い込む。しかし、先に口を開いたのはルキアだった。
「ごめんね。気持ちは分かるけど、何時間か退室していてくれるかな」
ルキアは、そこまで伝えると少年の目を見つめ、一瞬だけ片目を瞑ってみせる。
「ようやく意識が戻ったことだし、薬湯で傷を綺麗にしようとしていてね。お子様とは言え、男には居て欲しく無いのよ」
理由を説明するや否や、院長はダームを病室の外へ押し出した。その様子を見ていたアークは微苦笑し、静かに少年の後を追って行く。
「薬湯治療となれば、仕方が無いですね」
アークは、呟く様に言うと目を細め、どこか悲しそうに息を吐き出した。
「ダーム。今日は朝から慌ただしくて、まだ一度も御飯を食べていないでしょう? この間に、食事を済ませてしまいましょうか」
一つの提案をすると、アークは柔和な笑みを浮かべる。彼の話を聞いたダームは頷き、その提案を受け入れた。
「そうだね。ちょっとしか見られなかったけど、ベネットさんの顔色は前より良くなってたみたいだし。ザウバーも、ベネットさんが居れば」
ダームは、そこまで話すと苦笑いを浮かべ、言葉を詰まらせてしまった。対するアークは心配そうな表情を浮かべ、少年の顔を見つめながら口を開く。
「そうですね。直後に倒れたとはいえ、あれ程の術を使える位には回復されています。それに、ベネット様がザウバーの解放を正式に申し出れば、逆らえる人は誰も居ないでしょう」
アークは、少年を安心させようと優しく微笑んだ。一方、ダームは彼の気持ちに気付いたのか、気を遣わせまいと笑ってみせる。
「それでは、私が一番好きな店にご案内致しましょう。その店ならば品揃えも豊富ですし、どの料理も美味しいですから」
アークは、少年の気持ちを無駄にしない様、そのまま話を続けていった。そして、少年の頭を軽く撫でると、アークは病室の前から離れていく。
数時間して病室の前に戻ったアークは、部屋のドアノブを掴み、少年の顔を見ながら口を開く。
「あれから暫く経ちましたし、治療は終わっていることでしょう」
そう言葉を発すると、アークはドアノブから手を離し、そっと顎に宛がった。
「とは言え、ノックをしてから入りましょうか」
アークは、病室のドアを軽く叩き、中からの反応を待つ。
「もう、入っても大丈夫よ」
すると、病室内に居る院長から、入室を許可する声が返ってきた。この為、ダームは病室のドアをゆっくり開ける。
病室に入ったダームは、仲間が寝ているベッドの方へ目線を動かした。すると、その目線の先には、ベッド上で上体を起こしているベネットの姿が在る。
「すまない。色々と心配をかけてしまったようだな」
泣き出しそうな表情に気付いたベネットは、少年を安心させようと話し始めた。彼女は、少年の目を優しく見つめ、軽く首を傾けて微笑する。
「だが、もう大丈夫だ。先程の治療で、体に残っていた瘢痕は殆ど消えた。それに、血液と共に流れ出した魔力も、数日休めば元に戻る」
ダームは顔を赤らめ、瞬きの回数を増やしながら涙を流した。
「本当に?」
ダームは、そう言うと震える脚でベネットの方に近付いていく。
「本当よ。いつもの薬湯治療より時間が掛かったけど、骨まで達していた傷痕まで治ったんだから」
院長は、少年の背中を強く叩く。叩かれたダームは体を震わせるが、不思議なことに脚の震えは止まっていた。
「ルキアの薬湯治療は、神業と言っても過言では無いですからね。私も、無茶をして酷い怪我を負っては、治して貰いましたから」
「アークって、さらっと照れることを言うわよね」
「何を仰いますか。その治療の功績で、院長になった様なものです。ならば、神業と言っても過言ではないでしょう」
そう言うと、アークは院長に対して満面の笑顔を見せる。彼の言葉を聞いたルキアは耳まで赤くし、その気持ちを誤魔化す様に目線を逸らした。
「とにかく、目に見える傷は殆ど治った。だけど、体力も魔力も殆ど無くなっているから、暫くは病室から出ず安静にすること」
院長は、ベネットの方へ向き直ると、病状について更なる説明を加えた。
「体力と魔力、どちらも回復出来るメニューを調理部に指示しておきます。それが届くまで、ゆっくりと話でもしていてね」
院長は、そこまで話すと少年の方を振り返り、明るい笑顔を浮かべる。
「勿論、体に負担を掛けさせない範囲で」
その後、彼女はアークの顔を見、軽く片目を瞑ってみせた。
「私は、暫くここには来られない。だから、後は宜しくね」
院長は、状態確認も兼ねてダームとベネットの顔を見、病室を去った。
「それでは、私も会議が有りますので」
それへ続くかの様に、アークまでもが慌ただしく病室から離れていく。ダームは、そんな二人の背中を無言で見送り、開けられたままのドアを静かに閉めた。