ぎこちない時間
文字数 2,743文字
「良かった。オーマで倒れているベネットさんを見た時、一体どうなっちゃうのかって。凄く怖かった」
ダームは、存在を確かめる様にベネットの手を強く握り、涙を浮かべる。
「すまない。あの場面で、私が防御魔法を使えていればこんな状況には」
少年の辛そうな表情を見たベネットは、申し訳無さそうに目を伏せた。一方、ダームは慌てた様子で首を振る。
「ううん、謝らなくちゃならないのは僕の方」
ダームはベネットの目を見つめ、息を吸い込んだ。
「だって、あの時ベネットさんが庇ってくれなかったら……僕は、まともに攻撃を受けて、ここに居ることだって出来なかったかも知れないんだから」
ダームは苦笑し、恥ずかしそうに頬を掻いた。少年の言葉を聞いたベネットは目を細め、返す言葉を模索する。しかし、なかなか上手い言葉が浮かばないのか、二人の間に無言の時が流れ始めた。
「どうやら、このまま話していても、互いに謝るばかりになりそうだ」
暫くの沈黙の後、ベネットは苦笑いを浮かべ、一筋の涙を流した。
「大丈夫? もしかして、まだ何処か痛む?」
流れる涙に気付いたダームは、心配そうにベネットの顔を覗き込む。
「いや、大丈夫だ。目の中に異物が入って、反射的に涙が流れただけだ。心配には及ばない」
ベネットは、涙を拭うとにこやかに笑ってみせた。しかし、話を聞いてもなお、ダームは瞳を潤ませ、心配そうにベネットの顔を見上げている。
「ルキアの治療が効いた為か、痛む所は全く無い。ただ、体力と魔力が回復するまで、安静にしていなければならないだけだ」
ベネットは、なんとかして少年を安心させようとした。彼女の話を聞いたダームは目を細め、僅かながら目線を落とす。
「だから、心配しないで欲しい。それに、笑顔を見ている方が、気持ちが暖かくなって回復も早くなりそうだ」
顔を赤らめながら心の内を告げると、ベネットは少年に対して微笑み掛けた。そんなベネットの言葉を聞いたダームと言えば、恥ずかしそうに頭を掻きながら俯いてしまう。
「ダームには、不思議な力が有る。理由は分からないが、私が気を失っている間、ダームの声だけが届いていた」
ベネットは胸元を押さえ、ゆっくり息を吸い込んだ。彼女の言葉を聞いたダームは首を傾げ、そのまま話の続きを待つ。
「そして、その優しい声が聞こえていたからこそ、私は戻って来られた」
ベネットは天井を見上げ、静かに目を瞑った。
「そう言えば、前にルキアさんが、そんなことを言っていた気がする」
「食事の用意が出来ましたので、失礼します」
病室に女性の声が響いた。女性の声に気付いた二人が病室の入口を見ると、白い服を身に纏った女性が立っていた。また、女性は料理の乗った台車を押し、ベッドの方へ向かってくる。
それから、女性は手早く簡易テーブルをセットし、台車に乗せてきた料理の一つ一つを丁寧に並べていく。彼女は、一通り料理を並べ終えると、台車に残された小瓶を手に取り、ベネットに見える位置へ動かした。
「この瓶に入っている液薬には、魔力を回復させる効果が有ります。但し、かなり癖のある味なので、飲むか飲まないかはお任せ致します」
女性は、慣れた口調で説明をすると、緑褐色の瓶をベネットに手渡した。瓶を受け取ったベネットは小さく頷き、女性の目を見つめながら肯定の返事をする。
「それでは、食事が終わった頃にまた伺います」
一通りの仕事を終えた女性は、そう言って一礼すると病室から静かに去った。
「あんな説明をするってことは、相当美味しく無いのかな?」
暫くの沈黙後、ダームは緑褐色の瓶を眺めた。
「良薬口に苦し、というからな。効力を第一に考えたら、自ずと味は二の次になってしまうのだろう」
ベネットは、瓶を窓から差し込む光に翳し、自分なりの考えを少年に伝えていく。彼女の話を聞いたダームは両手を重ね合わせ、その指先を小さく動かした。
「もしかして、飲んでみたいのか?」
ベネットは、少年の顔を見ながら質問をした。
「味は気になるけど、それはベネットさんに用意された薬だから」
ベネットから質問を受けたダームは、慌てた様子で言葉を返した。
「治療薬と言っても、魔力回復が目的だからな。味を確かめる位なら構わないだろう」
少年の反応を見たベネットは、微笑みながら小さな瓶を差し出した。ダームは瓶を受け取ると頬を赤らめ、それを握ったまま頷く。
「じゃあ、せっかくだしちょっとだけ」
そう言うと、ダームは恐る恐る小さな瓶の蓋に手を掛けた。彼は、小刻みに震える手で蓋を外すと、その蓋に付着していた液体を指で拭い、味を確かめる。すると、その液体が相当不味かったのか、ダームは眉をしかめながら口を左手で覆った。
「大丈夫か?」
少年の苦しそうな動作を見たベネットは、問題の瓶を受け取る。
「大丈夫……だよ? ただ、苦い様な辛い様な味が、口の中に広がってきただけで」
質問されたダームは、心配させまいと笑顔を見せる。しかし、そう話す彼の声は震え、蒼い瞳に大粒の涙が浮かんでいた。
「味が予想以上に凄かったから驚いたけど、体はなんとも無いから安心して」
そう言葉を加えると、ダームは勢い良く立ち上がった。その後、彼は勢い良く両腕を上下に動かし、体に異常が無いことをベネットに知らしめようとする。
「それならば良いのだが」
か細い声で話すと、ベネットは少年の目を申し訳なさそうに見つめた。
「それより、料理が冷めない内に食べちゃって」
話を逸らそうと、ダームは眼前に置かれた料理について話した。配膳から数分が経っていたものの、料理の殆どが白い湯気を立ち昇らせている。また、焼いてから時間が経っているだろうパンも、経過した時間を感じさせない程にふっくらとしていた。
「折角、温かい料理なんだから」
ダームは、そう言うと柔らかな笑みを浮かべ、ベネットの目を見つめた。
「そうだな。だったら、ダームも一緒に食べないか?」
「僕は大丈夫」
一方、ダームは嬉しそうに歯を見せて笑い、質問の答えを返していく。
「ベネットさんが治療を受けていた間に、僕はアークさんと美味しいご飯を食べてきたから」
そこまで伝えると、少年は自らの腹を軽く叩いた。
「そうか。既に食事を済ませていたか」
暖かな少年の言葉を聞いたベネットは、用意された料理を一瞥する。
「体力を回復させる為にも、ちゃんと食べないと」
ベネットの呟きを聞いたダームは、彼女へ目の前にある料理を食べるよう促した。彼の話を聞いたベネットは小さく頷き、食事を始める。それを見たダームは安心した様子で息を吐き出し、埃を立てぬよう椅子に座る。