神の意思と人間の思惑
文字数 2,842文字
「ザウバーを心配する気持ちは分かります。ですが、先程の行動は、些かやりすぎだったかと」
「すまない。どうも最近の私は、感情調整が上手くいっていない様だ」
ベネットは目を瞑り、どこか物悲しそうに俯いた。
「いえ、謝る程のことでは御座いません。ただ、御自身のことも、少しは考えて頂きたいと思ったのです」
アークは軽く頭を振り、長く息を吐きながら天井を仰ぎ見る。
「貴女は、OTΟに属する方であり、教会関係者の中でも特に尊ばれる存在です。その上、先程の力……あの力を見た民衆は、救いを求めて教会に通うでしょう」
アークは目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
「そうなれば、貴女のことです。倒れるまで、力を使い続けてしまうことでしょう。しかし、これだけは覚えておいて下さい。貴女が倒れたら、ダームに辛い思いをさせる事になる」
アークは目を開き、ベネットを真っ直ぐに見つめる。彼から見つめられたベネットと言えば、辛そうに目を細め、何度か頭を横に振った。
「私もまだまだ未熟だな。そんな簡単な事にさえ気付かないとは」
そこまで話すと、ベネットは辛そうに膝を付いてしまう。その光景を見たアークは直ぐにベネットの前で跪き、心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「騒ぎを収束させるには、他に方法が無かったかも知れません。ですが、それ以前に聖霊の話を出さなければ或いは」
アークは、辛そうに言葉を詰まらせた。
「そうだな。似た魔力の波長を持つ者が居るかどうか。その部分だけを述べるに留まっていれば良かった」
ベネットが途切れ途切れに話し終えると、部屋の中は恐ろしい程の静寂に包まれた。空が紅色に変わった頃、アークは判決を聞くと言い残し、司祭の元へ向かっていく。それから数十分して、アークはダームを連れて部屋へ戻った。
「久しぶりだね、ベネットさん。色々と話したい事も有るけど、まずはザウバーの事だよね」
ダームは、以前と変わらない無垢な笑顔を浮かべながら、ベネットの顔を覗き込む。そして、久しぶりの挨拶を終えたダームは、微笑みながら後ろを振り返った。
「では、私からザウバーの判決についてお伝え致しましょう」
少年の目線に気付いたアークは、ベネットの目を見つめながら説明を始める。
「まず、ザウバーが御二方を傷つけた件ですが、こちらはベネット様の意見を受けて不問となりました。次に、フォッジの件ですが……こちらは、証拠不十分で判決は保留となりました」
アークは複雑そうな表情を浮かべ、ゆっくり息を吐き出した。
「保留、か」
「はい。ですが、ベネット様が先程使われた力を民衆の前で使い、大いなる聖霊の力を知らしめる。そうすれば、訝しんでいる者達も納得するかも知れない。そう、司祭様が言っておりました」
アークは笑顔を作り、軽く息を吸い込んだ。
「私の様な若輩者に、司祭様の意向は分かりかねます。しかし、民衆から信頼されている方の言う事です。試してみる価値は有ると思います」
そこまで話すと、アークは安堵と不安が入り混じった笑みを浮かべる。
「聖霊の力云々よりも、教会で浄化の力を使う事により、OTΟの威厳を確かなものにする。そして、その威厳を生み出す見返りに、ザウバーを解放する。教会の運営は、信者が居なければ成り立たないからな」
アークの説明を聞いたベネットは、抑揚の無い口調で話し始めた。一方、判決結果を伝えた者は、気まずそうに苦笑いを浮かべ、ベネットから目線を逸らした。
「良いだろう。この様な事は、今までにも幾度となく有った。今回の場合は、選択権が与えられているだけ良い方だ」
ベネットは気怠そうに息を吐き、軽く目を瞑った。
「前から聞こうと思っていたんだけど、OTΟって一体どういうものなの? なんとなく、教会関係の組織なのは知っていたけど、そんなに権力が有るものなの?」
少年の疑問を聞いた二人は顔を見合わせ、アークは質問に答えるべく少年の目を見た。
「神託は分かりますか? OTΟとは、神託を受けた人々の中でも、特別な力を与えられた者の集まりです。そして、その神託を受けた際には、体にその紋章が刻まれると言われています」
少年の瞳を見つめたまま、アークはゆっくりとした話し方で説明を始める。
「その後、神託が下った方の前に、二つのリングを供えた十字架が現れると言われております。そして、現れた十字架の先端に菱形をした宝石が飾られており、その宝石の硬度が高く透き通ったものである程、重大な命を預かっている。なおかつ、浄化を始めとして、与えられる力も高くなる。これで、間違いは御座いませんよね?」
アークはベネットに目線を向け、首を傾げた。
「そうだな。神託を受けた後、教会に仕えるかどうかは本人次第。だが、大抵の場合、噂を聞きつけた教会関係者によって、何かしらの奉仕活動を奨められる。時と場合によっては、多大な権力や報酬を与えてでも」
ベネットは、アークの顔を見つめ返すと、更なる説明を加えていく。
「そして、特別な神託を受けた者達は、その十字架の形状からOTΟと呼ばれる様になった。そして、その管理をしやすい様、教会が組織化したのだ」
そう説明すると、ベネットは大きく息を吸い込んだ。
「神託を下すのは、神の意志に他ならない。一方、OTΟという組織は、教会が安定した権力を保つ為に作り上げたものだ」
ベネットは、そこまで話したところで少年の顔を見やる。
「組織化し、存在を知らしめる事で、OTΟを中心とした教会は権力を確立する。一方、OTΟに属する者は、教会によって身の安全や生活を保証されるのだ」
一通りの説明を終えたベネットは、質問者がその内容を理解出来たかどうか確かめる為、少年の蒼い瞳をじっと見つめた。
「OTΟっていう組織自体は、教会が権力を得る為に作ったもの。その組織に属している人は、特別な神託を受けた人。纏めると、そんな感じ?」
ダームは、説明された内容を確認するかの様に話し、軽く首を傾ける。そして、話した内容が合っているか確かめようと、ベネットとアークの顔を順に見た。
「はい、大体その様な感じです。そもそも、ダームが余り教会と関わらない生活をしてきたのなら、OTΟについて知らなくても不思議では御座いません。それに、少し説明しただけでここまで分かったのなら、これ以上、私からは何も言えませんね」
「そうだな。いつもながら、ダームの理解力には圧倒される」
二人の言葉を聞いたダームは頬を赤らめ、激しく首を横に振る。
「そんな事はないよ。今のは、二人の説明が上手かったからだよ」
そう言葉を発すると、ダームは自らの気持ちをごまかす様に頬を掻いた。
「いえ、私の説明は、聞きかじり程度ですから。やはり、ダームの理解力が凄いのだと思いますよ」
少年が照れていることに気付いたアークは、そう話すと少年の頭を軽く叩く。不意に頭を叩かれたダームと言えば、アークの顔を見上げた。