客室から消えた仲間
文字数 1,241文字
ダームは、ベネットの手首を掴んで立ち止まる。彼の頬は赤く、困惑しているのか瞳は震えていた。
「あれ以上は、時間の無駄だ。それに」
少年の気持ちも虚しく、ベネットは手を振り解き、顔を前方に向ける。
「胸騒ぎがする。それも、取り返しがつかなくなる様な」
ベネットは少年の返事を待つこと無く、再び部屋へ向かって歩き始めた。一方、彼女の台詞を聞いたダームは、呆けた表情を浮かべて静止する。それでも、彼は頭を強く振ると、ベネットの後を追っていった。
部屋の前に到着したベネットは、そのドアを開けて立ち止まる。
「ベネットさん、どうしたの?」
ベネットの後を追ってきたダームは、不思議そうに声を漏らした。それから、彼は開けられたドアの隙間から、客室内を覗き込む。
「何かが起こってる様には、見えないんだけど」
ダームはベネットの顔を見上げ、不思議そうに言葉を吐き出した。
「ザウバーが、居なくなっている」
それだけ言うと、ベネットはゆっくり頭を横に振る。
「この部屋に居ないだけで、バスルームにでも居るんじゃない?」
ダームは、仲間の所在を確かめる為、部屋の中に入った。そして、彼は自ら発した言葉通り、静かにバスルームを覗き込む。しかし、そこにザウバーの姿は無く、ダームは肩を落とした。
「待つのに飽きて、買い物にでもいったのかな?」
溜め息混じりに話すと、ダームはベネットに近付いた。
「いや、それは無いだろう。ザウバーの荷物が全て消えている。買い物に出掛けたなら、着替えや食料を持ち歩きはしない」
真剣な面持ちで話すと、ベネットは目線を部屋の隅へ移動させる。すると、ダームは彼女へつられる様に、目線を部屋の隅に移した。
「それ、どういうこと?」
彼はベネットが発した言葉の意味を確かめようと、低い声で聞き返した。
「何処か、直ぐには帰れない場所へ向かったのだろう」
少年に聞き返されたベネットは、そう話すと大きな溜め息を吐く。
「ザウバーの性格からして、この状況から逃げ出したりはしない」
そこまで話すと、ベネットは少年の方へ目線を移した。
「それって、まさか」
彼は、消え入りそうな声で言葉を発した。しかし、言葉を続けることが怖かったのか、彼は目線を落として黙り込む。
「恐らく、ザウバーはフェアラに向かったのだろう」
自らの考えを述べると、ベネットは呆れた様子で息を吐き出す。
「そんな……僕がフェアラに行こうって言った時、あんなに反対したのに」
「あれは、ダームが混乱していたからだ。フェアラに行くこと自体を否定していた訳では無い」
ベネットは少年へ言い聞かせる様に、ゆっくり言葉を紡いでいく。そして、彼女は客室に入ると、自らの荷物を手に取った。
「とにかく、ザウバー一人では危険だ。直ぐにフェアラへ向かうぞ」
そう言うと、ベネットは少年の方を振り返る。それから、ベネットはダームの荷物を彼に手渡した。ダームはその荷物を強く抱き締め、そのまま小さく頷く。