苦しい戦い
文字数 3,113文字
穢れ無き魂を持つ者よ、今こそ力を解放せよ
ベネットは、朦朧とする意識の中で不思議な声を聞く。その声は、頭の中で反響をしているかの様に、何度も同じ言葉を繰り返していた。
その言葉が連ねられる度、ベネットの体内には今迄に感じたことのない不思議な力が溢れ出していく。その力は暖かくも力強く、ベネットの意識は不思議とはっきりしていった。
恐れるな。我が声に従い、秘めたる力を解放せよ
繰り返される言葉が今までとは違うものに変わった時、ベネットはその言葉を噛み締める様に心の中で呟いた。すると、その声に反応したのか、部屋の中は白く強い光で満たされていく。
部屋が光に満たされた時、カシルは醜い声を上げ頭を抱えた。一方、少年はその眩しさに目を瞑り、そのまま一筋の涙を流す。
数分経って光が収まった時、ダームとベネットは、それぞれを捉えていた魔法から解放されていた。彼らは、苦しそうに咳き込むと、足りない酸素を補うかのように深呼吸を繰り返す。
そんな中、蔓から解放された少年がザウバーの方を見ると、その傍らにカシルの姿は無かった。また、操られていた青年は、膝をついて倒れている。
ダームが、もう一人の仲間の方へ顔を向けた時、ベネットは左足を引き擦りながらザウバーの方へ向かっていた。彼女の顔色は蒼白で、その呼吸音には掠れた音が混じり始めている。
「いい加減に目を覚ませ。お前で無ければやれぬ仕事が有る」
青年の傍に歩み寄ると、べネットは低く単調な声で言い放った。彼女は、苦しそうに片目を瞑ると、ザウバーの頭を思い切り叩く。
強く叩かれたザウバーと言えば、後頭部を押さえながら辺りを見回した。この時、ザウバーの目は大きく開かれており、自分の居る場所でさえ分かっていない様であった。
一方、青年の目が覚めた事に気付いたベネットは、その胸座を掴んで引き上げる。
「漸く目を覚ましたか。ならば、私達を城の入口まで転送しろ。その付近に、オーマの町から連れ去られた男達が居る」
低い声で言うと、べネットは青年の目を睨み付けた。この時、ベネットの声は力強かったが、その眼瞼は微かに痙攣を始めていた。
「何なんだよ一体」
「いいから転送しろ。あの村には、ミーアと同じ状況の者が多く居る筈だ。のんびりとしている暇など微塵も無い」
ベネットは、ザウバーの言葉を遮る様に話し続け、淡々と自らの意見を述べていった。その後、彼女は青年の胸座を掴んでいた手を思い切り左に振るい、その体を勢い良く床へ叩き付ける。
「時間が無いのだ」
ベネットは、そう呟くと悔しそうに唇を噛み締めた。
「ベネットさんどうしちゃったの? 何だか恐いよ」
その光景を見ていたダームが、溢れ出す涙を拭いながらベネットの方へ近付いていく。
「すまない、ダーム。だが、なるべく早くミーアの元へ戻りたいのだ。多少の手荒な行為は目を瞑ってくれ」
肩で息をしながら返すと、べネットは少年の方を振り返った。
「ちょっと待て、謝るなら俺の」
「ベネットさん、顔色が真っ青だよ! お願いだから、ミーアさんの事ばかりじゃなくて、自分の体も気にしてよ」
ザウバーが、怒りの言葉を発し様とした時、それを遮る様にダームが声を上げた。慌てて話す少年の目には涙が浮かび、感情の高ぶりのせいか、指先は震えていた。
「私なら大丈夫だ。それに、問題が解決する迄は安心して休めない性分だ。多少の無理は許して欲しい」
少年の心配そうな言葉を受けたベネットは、申し訳無さそうに謝罪した。二人の会話を聞いていたザウバーは、不機嫌そうに口を開く。
「おい、だから何でダームに」
「自分がした事を、覚えてすらいないのか」
先程よりベネットの声は小さく、その眼差しには憐憫の感情さえ浮かんでいる。
「いや、信じた私が愚かだったか」
ベネットは、呟くように言うと目を細め、一筋の涙を流した。
ベネットの涙を見たザウバーは、驚いた表情を浮かべて立ち上がり、そのまま静かに目を瞑った。彼は目を瞑ったまま、呟く様に呪文を唱え始める。
「我らを外界へと誘い賜え……フルフェート!」
ザウバーが詠唱を終えると共に、三人は城の外に転移していた。その時の空は既に暗く、彼らが吐き出す息は白い。
「で? 次は何処に行くんだ?」
魔法によって三人を城の外へ移動させたザウバーは、気怠そうに首を傾けた。
「入口近くに、魔法で気絶させた者達が居る。先ずは、その場所まで行き、その方々をオーマへ転送して欲しい」
ベネットは淡々と仲間の質問に答え、青年から目を反らして城の入口を見た。一方、ベネットの答えを聞いたザウバーは、軽く頷くと城の中へ入っていく。
程なくして指定された場所に到着したザウバーは、不機嫌そうな表情で転移魔法を発動させる。すると、その場に居た全員が淡い色の光に包まれ、薄暗い城の中からオーマの入り口へ転移した。
「言われた通り、通路にいた奴等を転送してやったぜ」
一方、彼の話を聞いたベネットは、目を細めて息を吐き出す。
「私は城で掛けた魔法を解く。その間に二人は、ミーアをこの場所まで呼んできて欲しい」
ベネットは、又しても青年から目を反らすと、気を失っている男性達へ目線を移した。力強く話す彼女の目には生気が殆ど無く、顔色も白色に近くなっている。
命令されたザウバーと言えば、不機嫌そうな表情を浮かべながらもミーアの家へ向かい始める。それを見たダームは不安そうにベネットの顔を見つめ、何か言おうと口を開いた。
「私は大丈夫。早くミーアの元へ向かってくれ」
少年の声はベネットに遮られ、ダームは振り返りながらザウバーの後を追いかけていった。ベネットは、そんな少年を見送ると、大きく息を吸い込み呪文を唱え始める。
十数分程歩いてミーアの家に到着したダームは、窓から家の中を覗き込んだ。彼は、家の中にミーアの姿を認めると、軽く窓を叩きながら呼び掛ける。
「どちら様でしょうか?」
程なくして、ミーアは少年の呼び掛けに気付き、消え入りそうな小さな声で返事をした。
「えっと、昨日の晩に泊めて頂いた者です。カシルっていう怪しげなオバ……魔族が居た城で、その魔族を倒して、城に居た人達を連れてきたから」
ミーアの返事を聞いたダームは、一生懸命に説明を加えていく。
「だから、その人達がこの街の人なのか、ミーアさんに確かめて貰いたくて伺いました」
そこまで話すと、ダームは窓から屋内を覗いたまま首を傾けた。
「それは……本当ですか?」
ミーアは恐る恐る家の入口を開け、少年の方へ近付いていく。
「その人達がオーマの人なのか、僕には分かりません。けど、カシルに操られていたことは本当でした」
質問を受けたダームは、自分が知っている情報を懸命にミーアへ伝えていく。
「とにかく、付いて来て頂けますか? 僕達が知っているオーマの人って、ミーアさんしか居なくて」
ダームは、俯いたままのミーアを男達の所まで連れて行こうと、たどたどしい話し方で言葉を紡いだ。少年の話を聞いたミーアは無言で頷き、それからゆっくり顔を見上げる。
彼女は、その瞳に写った光景に目を丸くすると、まるでダームが見えていないかの様に走りだした。それを見たダームは、突然の行動に驚きつつも、彼女が向かった方を振り返る。
すると、彼の瞳には、ミーアが彼女より身長の高い男に抱き付いている光景が映し出された。その暖かな光景を見たダームは、抱き合う二人の邪魔をしない様、無言で青年に目線を送った。
一方、少年の仕草に気付いたザウバーは、予想をしていなかった光景が目に飛び込んできた為か、恥ずかしそうに目を逸らして頷いた。