病室のプレートは院長権限で貼った
文字数 1,932文字
「準備は宜しいですか?」
司祭の声に肯定の返事をなすと、ベネットは声のした方へ向かった。彼女は部屋を出るとドアを閉め、司祭の顔を見て会釈する。
「では、参りましょう」
司祭は、ベネットを先導する様に歩き出す。彼は、淡い色の花束を抱えており、それは歩みを進める度に甘い香りを周囲に放っていた。ベネットは、漂う香りに顔を綻ばせ、数分後に病院の前へ到着する。二人が病院の中へ入ると、清潔に保たれた待合室が在り、そこで何人かの患者が診察を待っていた。
病院の入口から向かって右に受付が在り、にこやかな表情を浮かべた職員が待機していた。その職員らは、司祭の存在に気付くなり会釈をし、司祭も彼らへ軽く頭を下げる。
「お見舞いに向かいますね」
そう職員へ告げると、司祭は病院の奥に歩みを進める。それを見たベネットは病院の職員へ軽い挨拶をし、静かに司祭の後を追った。司祭は、待合室の近くに在る階段を上り、ベネットは彼の後を追っていく。二階へ上がったところで司祭は立ち止まり、後ろを歩くベネットの姿を確認した。
「ここです」
そう言うや否や、司祭は眼前のドアに手をかける。そのドアに貼られたプレートには大き
「面会謝絶」と書いてあり、それに気付いたベネットは司祭の肩へ手を乗せた。
「司祭様」
ベネットの行動も虚しく、司祭は病室のドアを開け、そのまま病室内へ入った。彼の行為にベネットは目を丸くし、ドアに書かれた文字と病室内を交互に見た。
「詳しいことは中で話しますから、先ずは入って下さい」
司祭はベネットの手を引き、病室内へ誘った。彼は、ベネットが病室内へ入ったところで手を離し、出入り口のドアを閉める。
病室に入ったベネットが辺りを見回すと、そこには目を丸くして訪問者を見つめるアークの姿が在った。彼は、病室の奥に置かれたベッドの上に居り、顔だけを二人の方へ向けている。アークは、慌てて上体を起こすと二人の方に向き直り、彼らが来た理由を尋ねようとした。
「調子は……どうやら、心配ないようですね」
しかし、それは司祭に遮られ、アークは呆けた表情を浮かべる。
「あの、これは一体?」
アークは、そう話すと司祭の顔を見つめ、その意向を探ろうとする。彼から質問を受けた司祭は微笑し、ベネットの姿を一瞥した。
「見ての通り、お見舞いですよ?」
司祭は微笑し、アークの方へ向かっていった。彼は、向かう途中で目線をベッド脇へ移し、そこに置かれたものを確認する。ベッドサイドには、腰の高さ程のテーブルが置かれ、そこに細身の花瓶が乗せられている。また、花瓶の下に麻で作られた長方形のマットが敷かれ、その四辺に柔らかそうな房が縫い付けられていた。
司祭は、水色の花瓶を覗き込むと、抱えていた花束を机上へ置いた。そして、彼は花瓶を片手に持つと、病室の端に有る手洗い場へ向かって行く。手洗い場に着いた司祭は、花瓶の三割程に水を注ぐと踵を返し、再びベッドサイドへ向かった。司祭は、水の入った花瓶をマット上に置き、アークの方を振り返る。
「ご迷惑なら、これを終えたら帰りますよ?」
それだけ話すと、司祭はいたずらな笑みを浮かべる。彼の言葉を聞いたアークは首を振り、慌てた様子で口を開いた。
「滅相もない。ただ……ルキアの画策で、訪れる方は多くなかったものですから」
アークは目を伏せ、恥ずかしそうに口元を押さえる。
「それに、回復したとは言え、弱っている姿をあまり見られたく無かったものですから」
アークは顔を上げ、微苦笑する。彼の言葉を聞いた司祭は小さく笑い、持ち込んだ花を花瓶に飾り始めた。
「人払いをしてある様なものですからね。詳しい容態も、一部の者にしか知らされておりません」
司祭は半歩後退し、花瓶に飾った花のバランスを確認する。
「ええ。体調に問題は無いのですが、たまには休みなさいと、院長から直々に言われまして。病院の外へ出られない様に、私服を隠されてしまいました」
アークは苦笑し、病室のドアを一瞥する。一方、司祭は花の飾り付けを終え、満足そうに目を細めた。
「その上、ドアには面会謝絶と書かれている様で」
アークは溜め息を吐き、目線をベネットの方へ動かした。彼の目線に気付いたベネットは小さく頷き、アークと話すべく口を開く。
「確かに、そう書かれていた。だから、私は」
「いいじゃないですか」
司祭は、ベネットの声を遮る様に言葉を発すると、ゆっくり彼女の方に向き直った。
「結局のところ、アークは元気の様ですし。終わり良ければ……とでも申しましょうか? まあ、これで終わりでは無いのですが」
司祭は、そう話すと静かに息を吐き出した。