言葉に出来ない痛み
文字数 2,157文字
アークの話を聞いたダームは胸を撫で下ろし、そっと息を吐き出す。
「また、ベネット様は教会配下の病院に居りますので、一通りの話を終えたらお見舞いに行きましょう。もしかしたら、ダームの呼び掛けで目を覚まして下さるかも知れません」
そこまで話すと、アークはバスケットの中に有るカップへ紅茶を注いだ。彼は、茶褐色の液体を一気に飲み干すと、ダームの目をしっかりと見る。
「ザウバーの状況ですが、ベネット様が目を覚まさない限り、何らかの裁きを受けなければならないと思われます」
低い声で伝えると、アークは辛そうに首を振った。彼の話を聞いたダームは肩を落とし、目を閉じる。
「どの様な理由が有ろうと、他者を傷付ければ、何らかの裁きを受けるのが法治社会です。その上、今回の一件は、ヘイデル所属の聖女に対し、死に至らしめることも可能な魔法が使われました。そして、ヘイデルは、教会の権力が強い街です。その教会は、長い間あの方を囲い護ってきました。それがあれ程まで傷付けられた。これは、由々しき事態と言っても過言ではありません」
アークは、ザウバーが置かれている状況を説明すると、辛そうに俯いた。
「せめて、ベネット様が目を覚まして下されば、その御意向次第で状況が変わる可能性も」
そこまで話すと、アークは辛そうに言葉を詰まらせてしまう。この為、部屋の中は静寂に包まれ、空気は段々と重くなっていった。
「アークさん」
アークは、静寂を切り裂いた声で目を開き、首を傾げながら少年の目を見つめた。
「ちょっと気になったんだけど……ベネットさんは、教会にとってそんなに重要な存在なの?」
静かな空気を打ち砕くかの様に、ダームは話し続ける。
「アークさん自身も、ベネットさんの事を様付けで呼んでいるし。ベネットさんを病院へ連れて行くよう、指示してくれた人の言葉もなんだか気になって」
そう話すと、ダームは目を伏せ口ごもる。一方、少年の話を聞いたアークは小さく声を漏らし、顎に手を当てながら息を吐き出した。
「ダームは、ベネット様の左腕に有る紋章を見たことが有りませんか? あれは、OTΟの紋章。即ち、神に愛された者の体にのみ刻まれる、聖なる刻印なのです」
アークは、そこまで伝えると話すことを止め、静かに呼吸を整える。
「そして、その刻印を持つ者は、身分や性別に関係なく、様々な教会の儀式を執り行う権限があるのです」
アークは、紋章についての説明を加えると、少年の目を優しく見つめる。一方、彼の話を聞いたダームは、暫く考えた後で口を開いた。
「その紋章を、はっきりと見た事は無いんだ。だけど、フォッジへ行った時、OTΟの正装をしたベネットさんは見た」
「フォッジを訪れたのですか?」
アークは、ダームが思いもしなかった質問を返すと、不安そうに目を細めた。彼から質問を受けたダームは目を丸くし、暫くの間逡巡してから口を開く。
「うん。最初にヘイデルに来た後、アークさんの言ってくれた通り、マルンを経由してプリトスに向かったんだ。それから、プリトスで調べた事を元に、フォッジに向かった」
ダームは、いきなりの質問に戸惑いながらも、アークの質問に対する答えを返した。
「そうでしたか。あの街には、様々な言い伝えが有ると聞いております。それに、景色が綺麗ですから、訪れるだけで良い経験になるでしょう」
少年の返答を聞いたアークは、一瞬思案顔を浮かべた。
「それに、ブルーツァグ? っていう儀式も見られたよ。フォッジに到着した次の日が、儀式の日だったんだ。だから、べネットさんが見に行こうって、言ってくれて」
ダームは、フォッジに滞在した時の出来事を、ゆっくりとアークに伝えていった。少年の表情は寂しそうでもあったが、その目には徐々に力が戻って来ている。
「そうですか、それは運が良かったですね。あの儀式は、フォッジの名物ですから」
ダームの表情に明るさが戻ってきたと感じたのか、アークは優しく微笑みながら彼に話し掛け続ける。
「さて、私から伝えられる情報は、ここまでです。朝食を済ませてベネット様のお見舞いに行った後は、自由になさって下さい」
そう言うと、アークは軽く目を瞑った。ダームは、そんな彼の仕草に不自然さを感じ取ったが、何も話すことなく笑みを浮かべる。
「食事を終えた事ですし、ベネット様のお見舞いに向かいましょうか」
アークは、持参したバスケットの蓋を閉じた。少年は頷き、顔を上げるタイミングで口を拭う。
「うん。ベネットさんの体調がどうなのか気になるし、他にやらなきゃならない事が無いなら向かいたい」
ダームは、今までよりも明るい声で話すと、座っていたベッドの縁から立ち上がる。少年は、軽く背中を伸ばすと、静かに部屋の入口へ向かっていった。
しかし、着ている服の大きさが災いした為か、彼は部屋の入口へ着く前に、裾を踏んで転んでしまう。
「後で、ダームの体型に合う服を探しに行きましょう。旅を続けるにしても、いくらか着替えを持っていた方が便利でしょうから」
ダームは苦笑し、目を伏せながら溜め息を吐いた。