過ごしにくい時間
文字数 1,880文字
男性は恥ずかしそうに頬を赤らめ、ザウバーの顔を見つめて苦笑する。
「ところで、探していたお仲間って、そちらの女性ですか?」
ザウバーは小さく頷き、それからベネットの方へ顔を向ける。
「先ずは、仲間を助けて下さってありがとうございます」
ベネットは、頭を下げながら礼を述べ、それから男性の目を見た。対する男性は頭を軽く下げ、ベネットの顔を見ながら微笑んだ。
「私は、ベネットと申します。率直にお聞きしますが、体調はいかがですか?」
ベネットは、男性の目を見つめたまま首を傾げる。男性はいきなりの質問に戸惑いつつも、柔らかな笑顔を浮かべた。
「はい。私は、連れ去られてから日が浅かったですし。それより」
彼は目を細めると、目線をダームの方へ移す。
「あの子、大丈夫? お仲間の二人が来たのに、ぴくりとも動かないけど」
心配そうに話すと、男性はザウバーとベネットの顔を見た。問われた二人は顔を見合わせ、彼へ返す言葉を模索する。幾らかして、ザウバーは大きく息を吸い込み、それから男性の方に向き直った。
「心配は要らねえよ。疲れが溜まってたんだろう」
そう言って苦笑すると、ザウバーは少年の寝ているベッドに近付いた。男性は、彼の姿を目で追い、ベネットは彼の行動を無言で見守っている。程なくして、ベッド横に立ったザウバーは、少年の髪を優しく撫で、悲しそうに溜め息を吐く。
「だから……自然に目を覚ますまで、寝かせてやってくれねえかな。礼なら、いくらでもするから」
呟く様に話すと、ザウバーは男性の目を静かに見つめる。
「良いですよ。あなた方には助けて貰いましたし、他に寝る場所も在りますから」
それを聞いたザウバーは安心した様に息を吐き出し、男性へ礼を述べた。
「でも……お礼をしてもらえるのなら、ベネットさん? の手料理が食べたいな。特に、温かいスープが食卓に並んじゃったりしたら、凄く嬉しいかも」
この際、ザウバーは面食らった様子で静止するが、当のベネットは快く男性の願いを受け入れた。
「良かった。変な奴に捕まってから、殆ど何も食べてなくて。材料は、保存しておいた野菜が有るから宜しくね」
そう言って笑うと、男性はベネットの元へ歩み寄り、彼女の肩を軽く叩いた。男性の手がベネットに触れた瞬間、ザウバーは何か言いたそうに口を開く。しかし、彼は頭を強く横に振ると、浮かんできた言葉を飲み込んだ。
「じゃ、早速だけどお願いするよ。と、言っても……先ずは調理場に案内しないとだけど」
そう話すと、男性はベネットに微笑みかけ、案内しようと歩き始める。ベネットは、彼を追うかたちで歩き出し、ザウバーは彼女に手伝いを申し出る。しかし、ダームを見守っていて欲しいという理由から、ザウバーの申し出はあっさり断られ、彼はそのまま部屋に残ることとなった。
それから数十分が経った頃、ザウバーは腕を組み、苛立った様子で足を小刻みに揺らしていた。ダームは、依然として目を覚まさず、ベネットと家主は部屋から消えて以来戻ってきていない。部屋の入口から、肉や野菜を煮込んでいるらしき香りが微かに流れて来るが、それを作っている人物の声は聞こえて来なかった。また、ザウバーの腹は、部屋に流れ込む香りに反応して、時おり間の抜けた音を発している。彼は、情けなさそうに腹部を撫でると、首を伸ばして部屋を出た二人の動向を探ろうとする。
しかし、その位置からは薄暗い廊下の壁しか見えず、彼は退屈した様子で大きな溜め息を吐いた。ザウバーは、ふとダームの顔を覗き込むと、その額に浮かんだ汗をそっと拭った。
「なあ……お前は」
ザウバーはは更なる言葉を続けようと口を開くが、二人分の足音が聞こえてきた為、口を閉じた。そして、ザウバーは何事も無かったかの様に椅子に座ると、呼吸を整えて二人の到着を待った。
程なくして、ベネットと家主はザウバーの居る部屋へ戻り、数品の料理が完成したことを伝えた。そして、家主はザウバーの顔を見つめると、食事を一緒に摂らないかと問い掛ける。ザウバーは「ダームが心配だから」と答えるが、男性は「それなら、この部屋で食べれば良し」とだけ言い残して去った。すると、ベネットは苦笑を浮かべて青年を一瞥し、静かに男性の後を追い掛けていく。
「なんなんだよ」
溜め息混じりに声を漏らすと、ザウバーは少年の姿を無言で見た。それから、彼は難しそうな表情を浮かべ、無言のままダームに手を伸ばす。しかし、直ぐに家主の男性が戻って来た為、彼は慌てて手を引き、何事も無かったかの様に男性を見た。