熱烈歓迎の少年と弱りきった青年と
文字数 2,003文字
「御二人はこの中に居ります。私にはやるべき事が御座いますので、先に入っていて下さい」
アークは、そう言い残すと立ち去った。一人で残されてしまったザウバーと言えば、部屋に入ることを躊躇し、ドアの前で立ち尽くす。彼は、暫くの間難しそうな表情を浮かべて足踏みした後、客室のドアを軽く叩いた。
すると、部屋からは甲高い子供の返事と、ドアの方へ駆け寄る足音が聞こえた。その際、ザウバーは逃げ出したいかの様に後退した。しかし、その場から離れる事の出来る前にドアが開き、見慣れた仲間の顔が現れる。
「お帰りなさい!」
部屋から出たダームは青年の顔を見上げ、嬉しそうに笑いながら目を輝かせた。ダームは、青年の右手をしっかり掴むと、力任せに部屋の中へ引き込んでいく。
一方、いきなり手を引かれたザウバーと言えば、少年の行動に驚いて転びそうになる。また、ザウバーが部屋の中を見渡すと、彼を迎える為に用意された装飾が、そこかしこに飾られていた。
「遅かったな。もう少しで、ダームがふてくされるところだった」
ベネットは、驚きで見開かれたザウバーの目を見つめる。すると、彼女の優しい視線に気付いた青年は、涙を浮かべながら、その場にしゃがみ込んだ。
「大丈夫? 何だか痩せちゃったみたいだし、どこか悪い所でも有るの?」
「いや、大丈夫だ……ただ、ちょっと」
ザウバーは、絞り出す様な声で話すと、自らの左手で顔を覆った。聞き慣れないか細い声を聞いたベネットは、慌てて青年の元へ駆け寄った。
彼女は青年の正面で膝をつき、心配そうにその顔を覗き込む。ベネットは、青年の左頬に出来た痣に気付いて目を丸くし、そっとその痣に手を触れた。彼女が頬に手を触たまま軽く目を瞑ると、その手からは暖かな光が放たれ、痛々しい痣は一瞬の内に消えて無くなった。
「すまねえ」
そう言葉を漏らすと、ザウバーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、謝る程の事では無い。治癒術は私の得意分野だしな」
ベネットは、触れていた手を静かに離した。
「そうじゃねえ、俺が謝りたいのは」
ザウバーは勢い良く顔を上げ、ベネットの瞳を見つめる。すると、青年の言わんとすることに気付いたダームは、それを言わせまいと、勢い良く彼の背中へのし掛かる。
「久しぶりに会えたんだから、そんな暗い顔しないでよ。アークさんだって、ザウバーの為に料理を用意してくれているんだから」
微笑みながら話すと、ダームは背中に乗ったまま器用に青年の顔を覗き込む。その無邪気な笑顔を見たザウバーは、懐かしさの為か、こらえ切れずに笑い始めた。
「そうそう! やっぱり、ザウバーはそうじゃないと。僕も調子が出ないんだよね」
青年の笑顔を見たダームは、楽しそうに笑い出す。一方、二人の笑い声を聞いたベネットは、安心した様子で立ち上がった。
「お前はいい加減にどきやがれ。やる事はガキのままのくせに、見ない間に図体ばかり大きくなりやがって」
そう話すと、ザウバーは少年を払いのけて立ち上がろうとした。しかし、地下牢での拘束により体力が低下していた為か、ザウバーの体はバランスを崩して前方へ倒れ始めた。
その後、半分立ち上がった状態の体は、彼の眼前に立っていたベネットを巻き込んで床に叩きつけられてしまう。そして、驚きで固まってしまったザウバーの体は、暫くの間ベネットにのしかかる形で静止した。
「お待たせい」
その時、ドアを開け放ったままの部屋へ、大きなバスケットを抱えたアークが入ってくる。
「失礼致しました。どうやら、随分とお楽しみの様で」
しかし、彼は倒れ込んでいる二人の姿を見つけると、申し訳無さそうに退室した。
「何を勘違いしてんだよ!」
ザウバーは、慌てた様子で後を追った。そして、ザウバーは部屋を出た所でアークを捕まえると、息を切らしながら彼の目を見据える。
「何を勘違いしたかは知らねえが、俺はバランスを崩して倒れただけだ。何も深い意味は」
「勘違いですか? 私は、久々に三人で楽しんでいる所を邪魔しては悪いな、と。それは、違っておりましたか」
慌てた様子で顔を赤らめるザウバーとは対照的に、アークは抑揚の無い声で問い掛けに答えた。ザウバーは、意外な答えで思考が停止してしまったのか、返すべき言葉を失ってしまう。
「どの道、スープを忘れたので戻らないといけません。ですから、このまま部屋へ戻るのであれば、このバスケットを持っていって下さい。大きいから持ち歩くのが大変で」
アークは、そう言ってからバスケットを差し出す。対するザウバーは無言のまま苦笑いを浮かべ、アークから荷物を受け取って頷いた。
「では、また後程」
それだけ言うと、アークは一礼をして青年の前から立ち去った。一方、廊下に一人残されたザウバーは、アークから手渡されたバスケットを抱えて部屋に戻った。