敵側の思惑を推論する
文字数 1,949文字
ザウバーは体勢を立て直すと、先程とは異なる話題を提示する。この際、ベネットは突然の出来事に対し、驚いた表情を見せていた。
「まず考えられるのは、見た人間に恐怖を植え付け、この街に警笛を鳴らす。次に考えられるのは、見た人間をフェアラに呼び寄せる為だ」
ザウバーはベネットの方に向き直ると、術者の目的について話し出した。
「前者は、街の人間に恐怖を植え付けることで、街中を混乱させる。後者は、見た人間を罠に嵌めることが目的だろうな」
彼は、一呼吸置いてから自らの出した結論を述べた。この時、彼の意見を聞いたベネットは、戸惑った様子を見せながらも小さく頷く。
「もし前者が正確なら、街が混乱したところに攻め込んでくる。そう言ったところか」
ベネットは紅茶を一口飲み、ザウバーの考えに更なる推考を付け加えた。
「後者が正解なら、フェアラへ向った者に、敵の罠が待ち構えている。そう言ったところだな」
ベネットは、辛そうに大きな溜め息を吐く。
「或いは、その両方だな。わざわざ危険な地へ向かおうとするからには、それなりの能力や実戦経験が有る奴だろう。街を攻めるのに実力者が居れば、攻め落とす時の障害になる」
ザウバーは自らの考えを付け加えると、気を落ち着ける為、深呼吸を数回する。そして、何かを確認する様に、ベネットの目を見つめた。
「つまり、力の有る者を罠に嵌めて無力化。なおかつ、戦力を削げる」
青年の意図に気付いたベネットは、その考えを簡潔に纏めた。そして、大きく息を吐き出すと、小刻みに頭を横に振る。
「誰かが攻め込んで来るとしたら、あれこれ話し合う前に、街の人達へ知らせた方が良くない? そうすれば、被害が少なくなるかも知れない」
小刻みに震えながらも、ダームは必死に自分の考えを話していった。一方、ダームの声に気付いた仲間は、反射的に彼の方を振り返る。
「確かに、ダームの言う通りだな。だが、その証拠が無い上、余所者である私達の意見を聞いてくれるかどうか」
しかし、少年の気持ちも虚しく、ベネットは大きな溜め息を吐く。
「ベネットの言う通りだ。確かに、奇妙な事は起きた。だが、あの言葉を聞いていない奴からしたら、俺達がおかしいと思われるだけだ」
ザウバーは、呆れた様子でベネットの意見に同調した。意見を否定されたダームと言えば、悔しそうに拳を握り締める。
「そんなことは無い! 見たのは一人じゃないし、僕達の他に女の人が居たじゃないか!」
それでも、ダームは諦めること無く、自らの考えを話し続けていった。そして、彼は荒い呼吸を繰り返すと、強く目を瞑った。
「だから……もし、僕達だけでは信じて貰えなくても、あの人も加えれば」
彼はそこまで伝えると、突然激しく咳き込んでしまう。
「分かった」
それだけ言うと、ベネットは少年の背中を優しく撫でる。
「あの女性は、ここの支配人と知り合いの様だった。彼女の容態を確認しつつ、その事について話そう」
ベネットは目線を少年に向け、話を続けた。
「ちょっと待て……あいつは気を失ってたのに、何で知り合いだって分かるんだよ」
ベネットの話を疑う様に、ザウバーは大きな溜め息を吐く。それから、彼は苛立った気分を払拭するかの様に、頭を強く振った。
「二人が離れた後のことだったな。支配人が、心配そうに女性の名前を漏らしていた。少なくとも、直ぐに名前の出てくる仲であることは確実でないか?」
「あの人、受付に居た人だと思う」
ダームは、ベネットの考えを後押しする様に、小さく声を漏らした。
「そう言われてみれば、ここの制服を着ていた気もするな。となれば話は早い」
そう話すと、ベネットは少年の顔を見た。
「あの女性は、私達よりも早く現場に居た。気を失っていたから、覚えているかは分からない。それでも、話を聞いておいた方が良いだろう」
ベネットは膝に手を当て、勢い良く立ち上がった。
「ちょっと待て。結局、確証が無いままじゃねえか。どう解釈したら、話は早いって結論になるんだよ」
一方、彼女の台詞を聞いたザウバーは、そう言うと眉間に皺を寄せる。しかし、ベネットは青年に返答することなく、足早に部屋を出た。この時、ザウバーは慌てて彼女の名を呼ぶが、後を追うことは無かった。そして、彼が戸惑っている内に、少年はベネットの後を追い掛けていった。
「全く……ふざけんなよ」
部屋に一人残されたザウバーは、苛立った様子で床を殴りつけた。それから、彼は目をきつく瞑ると、拳を強く握り締めた。
「いや、むしろ、これは好都合か」
その後、彼は片目だけ開き、小さく声を漏らした。そして、彼は勢い良く立ち上がると、自らの荷物を抱え、部屋の外へ向かった。