煎じた茶は時に苦い
文字数 2,151文字
ザウバーはティーポットを指差し、自慢気に笑ってみせる。この時、彼が指差した硝子製のティーポット内では、緑褐色の葉が静かに揺らいでいた。
「薬草を用いた茶か。どうにも意外だな」
青年の言葉を聞いたベネットは、そう言うと小さく笑ってみせる。
「確かにそうかも。ザウバーがお茶を作るなんて、何か変な感じ」
ダームは、彼女へ続く様に話すと、ティーポットを横から眺めた。
「俺だって、茶くらい淹れられるっての。久々にやったから、勘が狂っているかも知れねえが」
二人の話を聞いたザウバーは、鼻の頭を掻きながら苦笑する。
「ま、旨く無くても体には良いから、飲んで損はしないぜ?」
落ち着いた声で話すと、ザウバーはほんのり色付いた液体をカップへ注いでいく。
「体に良いって言ったけど、具体的に何が良いの?」
青年の話を聞いたダームは、軽く首を傾げながら質問をした。すると、ザウバーはティーポットを机上に置き、少年を見る。
「体力回復、滋養強壮、体質改善、その他諸々だ」
質問に答えると、ザウバーはカップを一つ取り少年へ手渡した。
「なんだか、とってつけた様な説明だなあ」
カップを受け取りながら、ダームは不機嫌そうに声を漏らす。しかし、ザウバーは少年の言葉に耳を傾ける事無く、ベネットへ金属製のカップを手渡した。
「不味かったら、飲まなくていいからよ。とにかく、先ずは一口味わってみてくれ」
ザウバーは不敵な笑みを浮かべ、自らも茶の注がれたカップを手に取った。そして、そのカップを口元に寄せると、香りを楽しんでから温かな液体を口に含んだ。この為、彼の行動を見ていた二人も、渡されたカップに口を付ける。
「苦い」
ダームはカップを床に置き、残念そうに眉を顰めた。
「子供には苦過ぎるかも知れねえな。飲みにくいなら、糖蜜を買ってきたから入れて飲め」
苦しそうな声と表情に気付いたザウバーは、液体の入った小瓶を少年に手渡した。
「ベネットは大丈夫か?」
「良薬口に苦し、と言うからな。それに、薬草を用いた茶には、この位の苦さは幾らでもある」
ベネットは、空になったカップを見せながら青年の問いに答えた。一方、彼女の返答を聞いたザウバーと言えば、安心した様子で息を吐き出す。
「やっぱり苦いんじゃん。子供とか関係なく」
ダームは、そう言うと青年の顔を覗き込む。
「そういうもんなんだよ。それに、苦くてもガキじゃなきゃ我慢出来る」
しかし、ザウバーが少年の嫌味に怯む筈も無く、飄々と言葉を返していった。
「ま、お前は薬草を煎じて飲むより、怪我に薬草を擦り込む方が良さそうだな。お前が魔力を回復しても関係無いし」
ザウバーは、はっきりとした口調で話すと、口を開けて笑い始めた。
「魔力を回復って……もしかして、このお茶、魔力しか回復出来ないとか無いよね?」
ダームは訝しげな表情を浮かべ、青年の顔を見上げる。
「そんなケチくさい事するかよ」
そう言うや否や、ザウバーはティーポットから温かな薬草を取り出す。そして、彼は間髪入れずに、擦り傷だらけな少年の左腕を掴んだ。それから、ザウバーは取り出した薬草を少年の腕に乗せると、力強く擦り始める。
「痛い! ザウバー、痛いってば!」
傷だらけの腕を乱暴に扱われたダームは、涙を浮かべながら声をあげる。しかし、青年が止めようとしなかった為、ダームは力任せに手を振り切った。
ダームは青年の目を睨み付け、一目散に洗面所へ駆けていく。そんな二人のやり取りを見ていたベネットは、半ば呆れた様子で溜め息を吐いた。
「二つ、聞いても良いか?」
青年の顔を見つめると、ベネットはタオルから零れた髪を掻き上げる。一方、ザウバーは迫力に押されたのか、ほぼ反射的に頷いた。
「一つは、何故説明せずに薬草を塗り込んだか。もう一つは、飛び散った細かな薬草を、一体誰が片づけるのか」
青年の仕草を見たベネットは、躊躇うことなく質問を投げかけた。それから、部屋のあちこちに飛散した薬草の欠片を見ると、再び青年の顔を見つめる。
「ダームが生意気なことを言いやがるから。つい、からかってみたくなっちまって」
褐色の瞳に見つめられたザウバーは、たどたどしく言葉を紡いだ。その際、彼の声は所々裏返っており、目線は部屋中を彷徨っていた。
「それに、まさかダームが……いや、まずは掃除か」
目線が床へ移った時、彼は予想以上の汚れに気付いて心を決める。そして、その場から立ち上がると、部屋の片隅に置かれたダストボックスを抱えた。一方、その光景を見たベネットは部屋の隅へ移動し、ゆっくり息を吐き出した。
「まさか、部屋中に飛散した小さな欠片を、全て素手で集める気では無いだろうな?」
呟く様に声を漏らすと、ベネットは青年を横目で見る。指摘を受けたザウバーと言えば、小さく背中を震わせ、その場で動きを止めてしまった。
「用意を先にして、後は掃除用具を借りて来るだけだ」
たどたどしく返すと、ザウバーはベネットと目を合わせる事無く、部屋を出た。青年が去った後、ベネットはダームの居る洗面所へ向かった。この時、ダームは洗面所の壁に寄りかかりながら座っており、その目線は天井へ向けられていた。