それぞれの考え
文字数 2,272文字
青年は、部屋から顔を出して伝えた。それから、青年は静かにドアを閉め、二人へ一礼をして歩き始める。ダームとベネットと言えば、無言のまま青年の後を追った。
ロビーに到着すると、青年は二人に椅子へ座るよう勧めた。この為、ダームとベネットは、籐で作られた椅子に腰を下ろす。その後、青年は隅に置かれていた椅子を、二人の前へ移動させた。その椅子は木製で、ダームとベネットが座ったものより古かった。
「すみません。他に場所が思いつかなくて」
気まずそうに話すと、青年は移動させてきた椅子へ腰を下ろした。
「話を聞いて頂けるだけでも有り難い。何分、内容が内容だ」
ベネットは軽く目を瞑り、小さな声で話し出した。その表情は暗く、事実を話すことを躊躇っている様だった。
「いいえ。貴女の話を聞けば、キーナが何に怯えているのか分かるでしょう」
言い終えると、青年はどこかぎこちない笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。それでは、早速本題に」
そう言うと、ベネットは青年の瞳を見つめた。すると、青年は小さく頷き、ベネットは説明を始める。ベネットは、青年の様子を見ながら話し続けていき、太陽が南中した頃に一通りの話を終えた。この時、青年は両手で顔を覆いながら俯いており、説明された内容を理解することは難しい様だった。
「そうですか。あの場所を見た時から、何が起きたか気になってはおりました」
その姿勢のまま、青年は震える声で話し始めた。
「まさか、人間が爆発して……その前に言い残していて」
説明を理解する為に、青年はベネットから聞いた話を口に出していった。青年の顔は青白く、手や唇は小刻みに震えていた。
「そのことを、街に詳しい者から注意喚起して欲しい……と言うことですか」
それでも、青年は言葉を紡いでいき、目線を床からベネットへ移す。
「そうだ。勿論、無理にとは言わない。知り合いでもない私の話を信じること自体、難しいだろう」
「知らないという事は、疑う要素も無いとも言えます」
途切れ途切れに言うと、青年は小さく息を吐き出した。
「貴女の話は、キーナが呟いていたものと共通点が有ります。ですから、微力ながら街の自警団に掛け合ってみます」
「ありがとう。私の心配が杞憂で終わる様、願っている」
彼の返事を聞いたベネットは、落ち着いた語調で話した。
「有事の際には、ヘイデルの警備兵を頼ると良い。総司令に私の名を出せば、直ぐに対策をしてくれる筈だ」
ベネットは、淡々と自らの考えを伝えていった。一方、ベネットの話を聞いた青年は、微かに驚きの表情を浮かべる。
「失礼とは存じますが、伺いたい事がございます。名前を出せば……というのは、貴女はグルートを去る。そういう意味ですか?」
彼は半ば怒りを込めた声で言い放った。その声を聞いたダームは、反射的に青年の方へ顔を向ける。
「そうだ。私達はフェアラへ向かう。何もなければそれまで、逆であれば」
ベネットは、青年の目を見据えた。
「厄災の原因を消し去る。たとえ、それが無謀であったとしても」
ベネットは、何度か大きい呼吸を繰り返した。すると、予想していなかった言葉を聞いた青年は、無言で口を開閉する。
「だから、僕達以外の誰かに協力をして欲しかったんだ」
助け舟を出す様に、ダームはゆっくり言葉を紡いでいく。
「だって、もし本当にフェアラに何か有って、この街が次に狙われるなら危ないから」
そこまで話すと、彼は青年の顔を覗き込んだ。
「でも、フェアラに行って何もなければ、それはそれで安心でしょ?」
ダームは青年の目を見つめ、小首を傾げて微笑んだ。
「だからこそ、事情を知る私達が居ない間、注意喚起する人間が必要という訳だ」
「分かりました。特に不利益になることも御座いませんし、ご協力致します。但し」
そこまで話すと、青年は真剣な面持ちでベネットの瞳を見つめた。
「フェアラで惨事が起きていてもいなくても、必ず戻ってくると約束して下さい」
自らの意見を言い終えると、青年は体を軽く前に傾けた。
「勿論です。何事もなければ直ぐに戻り、惨事が起きていたなら最善策をとった後に」
問い掛けられたベネットは、青年の質問に淡々と答えた。そして、彼女は深く息を吸い込むと、右手を左の袖口へ差し込む。すると、袖下から微かな光が漏れ、ベネットの髪は静かに揺れる。ベネットが右手を引き抜いた時、その手に白い羽根が握られていた。取り出された羽根は、前腕程の長さを有し、照明の光を集めて輝いている。
「万一のことを考え、これを渡しておく」
そう言うと、ベネットは白い羽根を青年へ手渡す。青年は渡された羽根を手に取ると、不思議そうにそれを見つめた。
「私の身に危険が及んだ瞬間、その羽根は真紅に染まる」
ベネットが羽根の説明を始めると、青年とダームは驚いた表情を見せる。
「その時は、グルートに住む方々を一刻も早く非難させて欲しい。理由は、言わずもがなだ」
説明を終えたベネットは、椅子から静かに立ち上がる。それから、ベネットは宿泊していた部屋に向かって歩き出す。この時、青年は彼女を引き止めようと立ち上がるが、それ以上の行動に移ることは無かった。
ダームは青年に軽く頭を下げ、小走りにベネットの後を追い掛けていく。一人残された青年と言えば、羽根を握り締め、二人とは異なる方へ歩き始めた。ベネットに追い付いたところで、ダームは彼女の服を軽く引く。この為、それに気付いたベネットは、歩きながら後方を振り返った。