不得手は補えるものもある
文字数 2,565文字
心配そうに問い掛けると、ベネットは少年の前でしゃがみ込む。話し掛けられたダームと言えば、赤みがかった瞳でベネットの顔を見つめた。
「うん。始めは痛かったけど、水で冷やしたから大丈夫みたい」
そう返すと、少年は笑顔を作ってみせた。
「始めは、ザウバーに擦られた所が熱くなって……それで、慌てて冷やしに来たんだけど」
ダームは左腕を前に出すと、青年に擦られた部分を軽く撫でる。
「腕を冷やそうと思って水に浸して、暫くして腕を見たら怪我が治ってて」
ダームは、左腕をベネットの前に伸ばすと、自らに起きた出来事を伝えていく。
「驚いたけど、直ぐに知らせようと思ったんだ。でも、体中の力が抜けちゃって」
ダームは、そこまで話すと力無く腕を下ろし、恥ずかしそうに苦笑する。
「大体の事情は分かった。詳しい話は後にして、先ずは体力を回復させよう」
少年の様子を見たベネットは、心配そうに話し掛けた。それから、少年の胸へ手を翳すと、目を瞑って呪文を唱え始める。
すると、少年の体は忽ち淡い色の光に包まれた。
「どうだ、立てそうか?」
そう問い掛けると、ベネットは翳した手を下ろし、首を横に傾ける。一方、彼女の声を聞いたダームは、力強く頷いた。それから、少年は手の平を膝にあてがい、背中を軽く壁にぶつけながら立ち上がる。
「いつも思うけど、魔法って凄いよね。殆ど一瞬で怪我を治しちゃうし」
ダームはベネットの目を見つめながら話し、楽しそうに歯を見せて笑う。
「そうだな。病院が近くに無い時にも重宝する。尤も、怪我を治せる程の魔力が残っていればだが」
ベネットは、少年に寝室へ向かうよう伝えた。この時、まるで見計らったかの様に、ザウバーが掃除用具を抱えて戻ってくる。
「二人共、少しだけ待っていてくれねえか? 部屋を掃除しちまうから」
寝室へ入りかけている二人に気付いたザウバーは、手に持っている箒を掲げた。それ故、青年の言葉を聞いた二人は立ち止まり、掃除が終わるまで待つことにした。
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「これで、前より綺麗になったってもんだ」
暫くして、ザウバーは部屋中から集めたゴミを捨て、誇らしげに胸を張る。そして、借りてきた箒を肩に乗せると、笑みを浮かべながら仲間を見た。しかし、仲間からは何の反応も無く、ザウバーは残念そうに溜め息を吐く。
「掃除が終わったから、使ったもんを返してくる」
それだけ言うと、ザウバーは掃除用具を抱えて去っていった。
「えっと、部屋に戻っても良いんだよね?」
「恐らくな。一応、綺麗にはなった様だし、戻って休もう」
少年に話し掛けられたベネットは、部屋を見回しながら返答した。そして、彼女は軽く少年へ視線を送ると、寝室に向かっていく。すると、ダームは彼女の後を追う様に歩き出し、部屋に入るなり大きな深呼吸をする。それから、少年は天井を見上げ、床へ仰向けに倒れ込んだ。
「やっぱり、床は冷たくて気持ち良いや」
ダームは、寝転がったまま大きく伸びをすると、気持ち良さそうに欠伸をする。それから、彼は頭の後ろで腕を組むと、そのまま静かに目を瞑った。
「いくら気温が高いとは言え、床で寝たら体に悪いぞ?」
少年の様子を見ていたベネットは、苦笑しながら言葉を発する。しかし、彼女の言葉を聞く前に、ダームは静かな眠りに落ちてしまった。
「せめて、布団だけでも掛けておくか」
溜め息混じりに声を漏らすと、ベネットは薄手の布団を探し始めた。その時、借り物を返しに行っていたザウバーが部屋へ戻る。この為、ベネットは探し物をしていた手を止め、音のした方を振り返った。
「また床で寝やがって」
ザウバーは、床で仰向けになっている少年へ目線を落とすと、呆れた様子で溜め息を吐く。
して、その横でしゃがみ込むと、いたずらな笑みを浮かべながら少年の鼻を摘んだ。すると、ダームは眉間に皺を寄せ、苦しそうに口を開く。それに気付いたザウバーと言えば、鼻は摘んだまま少年の口を大きな手で覆う。
「意外に、起きないものだな」
「てか、どんだけ眠りが深いんだよ」
暫くしても少年が起きない為、ザウバーは呆れた様子で両掌を上に向ける。この為、苦しさから解放されたダームは、寝たまま幸せそうな笑顔を浮かべた。
「寝かせておこう。急用は無いし、無理に起こす理由も無い」
ベネットは薄手の布団を掴むと、それを少年の足元から掛けていく。それから、彼女は少年の側に腰を下ろすと、青年の顔を見上げた。
「そう言っちゃ、そうだけどよ。何も、部屋の真ん中で寝ることはねえだろ」
ザウバーは、ベネットの意見を受け入れながらも、自らの考えを吐き出した。そして、大きく溜め息を吐くと、乱暴に頭を掻きながら立ち上がる。
「この暑さだ。涼しさを求めた結果、こうなったのだろう」
「だったら、布団は要らねえんじゃねえの?」
少年の足首を掴むと、ザウバーは静かに部屋の隅へ向かっていく。
「そうかも知れないが、寝冷えしない様に一応な」
「ま、用心するに越したことはないか」
ザウバーは、そう言うと眠そうに欠伸をする。
「それにしても、この暑さは無駄に眠気を誘うな」
ベネットの近くに座ると、ザウバーは気怠そうに息を吐き出した。
「そうだな。気温が高いと、通常より体力を消耗してしまうのだろう」
青年の呟きを聞いたベネットは、苦笑しながら言葉を発した。
「暫く寝たらどうだ? 休める時に休んでおかないと、もたないかも知れない」
ベネットは、青年へ休むことを提案した。一方、提案を聞いたザウバーは、彼女の意見を否定する様に、ゆっくり首を横に振る。
「せっかく、薬草や小瓶を買ってきたんだ。落ち着いて調合出来るうちに、色々やっちまうわ」
苦笑いを浮かべると、ザウバーは恥ずかしそうに自らの意向を伝えていく。
「それに、今寝たら夜に寝られなくなりそうだからな」
言葉を加えると、ザウバーは柔らかな笑みを浮かべてみせる。そして、机の横で腰を下ろすと、慎重に薬を調合していった。
青年の真剣な様子を見たベネットと言えば、邪魔をしまいと静かに少年の側へ向かった。そして、少年がぐっすり眠っていることを確認すると、自らの荷物から本を取り出す。そして、壁に背を向けて腰を下ろすと、ベネットは本の頁を捲り始めた。