知りえぬことの恐怖

文字数 2,588文字

 女性に話を聞く為、ベネットとダームは惨劇の起きた場所へ向かった。この時、彼らの目的地では、数人の従業員が床に付着した血液を拭っていた。彼らの働きで飛散していた肉塊は姿を消し、飛び散った血液の跡も以前よりは減っていた。しかし、未だに死臭が立ち込めており、その臭いを嗅いだダームは思わず後退る。

 その様子に気付いたベネットは、心配そうに少年の顔を覗き込む。この際、ダームは顔をしかめていたが、ベネットの視線に気付くなり、気丈に笑ってみせた。

「大丈夫。それより、あの人のことを聞こう」
 ダームはベネットの目を見つめ、明るい声で話した。しかし、彼の声は震えており、言葉とは裏腹に動揺していることは明らかだった。

「そうだな。幸いにも、事情を聞けそうな人達が居る。女性の状態も気になるし、話し掛けよう」 
 ベネットは、前方に居る従業員へ近付いていく。そして、一番近くに居た男性に歩み寄ると、その肩を軽く叩いた。肩を叩かれた男性と言えば、驚いた様子でベネットの顔を見上げる。それから、男性は彼女の横に居るダームを一瞥すると、膝に手を当てて立ち上がった。

「忙しいところ、申し訳ありません。先程、ここに倒れていた女性について伺いたいのですが」
 男性が立ち上がった時、ベネットは彼の目を見つめながら問い掛ける。一方、問い掛けられた男性は、困った様子で大きな瞬きをした。

「倒れていた女性ですか? 申し訳ございませんが、分かりかねます。私がこちらへ来た時には、二人の男性が居るだけでしたので」
 一呼吸おくと、男性はベネットに対して深々と頭を下げる。そんな中、彼の後方に居た青年が、恐る恐るベネットの方に近付いてきた。
 
「もしかして、倒れていた女性とは、キーナのことでしょうか? 彼女なら、仮眠室で休んでおります」
「そうですか。もし、よろしければ、その仮眠室に案内して頂けませんか?」
 話を聞いたベネットは、更なる質問を青年にぶつけた。

「案内するのは構いません。ですが、キーナが目を覚ましているか分かりません」
 青年はそこまで話すと、申し訳なさそうに苦笑する。それから、彼はベネットの意見を窺う様に、彼女の目を見た。ベネットが返事をしようとした時、絹を裂く様な悲鳴が彼女の左側から聞こえてきた。この為、その悲鳴を聞いた者達は、反射的に声のした方へ顔を向ける。
 
「あの声は」
 ベネットの前に立つ青年は、そう呟くなり声のした方へ向かっていった。ダームとベネットは顔を見合わせ、直ぐに青年の後を追っていく。その後、青年は突き当たりを右へ曲がった先で立ち止まり、目の前に有るドアを開けた。

 そして、彼は部屋の中に居る女性を見るなり、彼女の元に駆け寄った。女性は、簡易ベッドの上で震えており、小さな顔を両手で覆っていた。その細い指の隙間から覗く顔色は白く、感情が高ぶっているのか瞳孔は大きく開いている。
 
 彼を追ってきた二人が部屋を覗き込んだ際、青年は女性の体を抱き締めていた。少ししてから、青年は女性の背中に回していた手を離すと、震えている手を掴んでゆっくり下ろす。

「大丈夫……大丈夫だから落ち着いて」
「駄目……怖い。それに……次は、この街って」
 女性は強く目を瞑り、途切れ途切れに声を漏らした。そして、彼女は先刻の悪夢を忘れようと、首を大きく横に振った。

「怖いのは分かるよ。でも、キーナ。次はこの街、ってどういうこと?」
 青年は心配そうな声でキーナに問い掛けた。しかし、問い掛けにキーナが答えることは無かった。

「あの……実は僕達、そのことを聞きたくて来たんだ」
 重苦しい空気に耐えきれなかったのか、ダームが怖ず怖ずと口を開いた。すると、ダームの声を聞いた青年は、ひどく驚いた様子で振り返る。青年の目は大きく見開かれており、不意に聞こえた声に怯えている様でもあった。

「立ち聞きしちゃって、ごめんなさい。でも、キーナさんは僕達より先に、あの場所に居たから」
 青年の表情を見たダームは、慌てた様子で言葉を加える。

「だから……だからね、フェアラの街が喰われたっていう前に、何が有ったのかなって」
 ダームは必死に話を続けていくが、取り留めの無いものだった為か、青年は困った表情を浮かべる。
 
「先ずは話を整理しよう。混乱したまま話しても、問題を複雑にするだけだ」
 ベネットは、少年の肩を軽く叩いた。

「キーナ、と言ったか。私の名前はベネット。貴女の悲鳴を聞いて、あの場所に駆け付けた内の一人だ」
 ベネットは女性に目線を送ると、先ずは自らの事について伝えていく。すると、キーナは横目でベネットを確認し、青年は困った様に俯いた。

「私達が到着した直後、信じ難い事が起きた」
 ベネットは青年の顔を見つめながら、尚も説明を続けていく。この時、青年は渋い顔を浮かべるが、ベネットの話を遮ることはしなかった。
 
「思い出したくも無い事だ。だが、あの言葉を無視する訳にはいかないだろう」
 ベネットは気持ちを落ち着かせる為に、深呼吸を数回する。一方、キーナは辛そうに唇を噛み、拳を強く握った。

「フェアラの街は魔物に喰われた。次はこの街」
 ベネットは、ゆっくり言葉を紡ぐと、その目線をキーナへ向ける。キーナと言えば、辛そうに目を細め、口元を両手で押さえた。

「突然のことで気が動転してしたから、一字一句が合っている訳ではない。だが」
 ベネットは、ダームの目を一瞥する。

「この少年も聞いていた」
 ベネットが話を終えた後、キーナは嗚咽しながら布団に顔を埋める。

「大丈夫、キーナ? 僕が話を聞いておくから休んでいなよ」
 青年はキーナの肩を抱き、落ち着かせる様に話した。彼はキーナの髪を優しく撫でると、ベネットの顔を見る。

「外で待って頂けますか? 話は、私が伺いますので」
 青年は深々と頭を下げ、ベネットとダームは部屋を出る。そして、二人はドアを静かに閉め、互いに顔を見合わせた。

「まずかったかな?」
「分からない。だが、私達がフェアラに向かうなら、その間のことを任せる人間が必要だ」
 辛そうに話すと、ベネットは大きく息を吐き出した。

「無論、何も起きないのなら、心配する必要も無いのだが」
 彼女は、そこまで話したところで、言葉を続けることを躊躇った。この為、二人の間には、重苦しい空気が流れ始める。そうして、何の結論も出ないまま、時間だけが過ぎていった。
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登場人物紹介

ダーム・ヴァクストゥーム

 

ファンタジー世界のせいで、理不尽に村を焼かれてなんだかんだで旅立つことになった少年。
山育ちだけにやたらと元気。
子供だからやたらと元気。
食べられる植物にやたらと詳しい野生児。

ザウバー・ゲラードハイト

 
自称インテリ系魔術師の成年。
体力は無い分、魔力は高い。

呪詛耐性も低い。
口は悪いが、悪い奴では無い。
割とブラコン。

ベネット

 

冷静沈着で、あまり感情を表に出さない女性。

光属性の攻撃魔法や回復術を使いこなしている。

OTOという組織に属しており、教会の力が強い街では、一目置かれる存在。

カシル


 HEIGHT:162cm
 WEIGHT:55kg
 HEIR COLOR:Brown
 EYE COLOR:Red


オーマの街で男性を浚い、更にはザウバーまでも僕にした淫魔。
魔力によって他者を操る事を得意とし、外観も魔力によって整えている。
自身で前線に立って戦う事は無く、戦闘能力に乏しい

アーク・シタルカー


ヘイデル警備兵の総司令。

その地位からか、教会関係者にも顔が広い。

魔法や剣術による戦闘能力に長け、回復術も使用する。

基本的に物腰は柔らかく、年下にも敬語を使う。

常にヘイデルの安全を気に掛けており、その為なら自分を犠牲にする事さえ厭わない。

ルキア・ハイター
 
 HEIGHT::169cm
 WEIGHT::56kg
 HEIR COLOR::Brown
 EYE COLOR::Dark Brown
 
ヘイデル教会直属の病院で働く女医。
話し方は無骨だが、若くして院長を務める程の実力者。
アークとは幼なじみの為か、彼へ接する態度からは遠慮が感じられない。

ヴァリス

 

 HEIGHT:185cm
 WEIGHT:67kg
 HEIR COLOR:Black
 EYE COLOR:Purple

 
フェアラでダームを軽々と倒した謎の多い男。
含みの有る話し方をするが、それがどこまで本当かは不明。
自在に姿や硬度を変える使い魔を使役し、人間を追い詰めることを楽しんでいる。

ライチェ

 

 HEIGHT:137cm
 WEIGHT:32kg
 HEIR COLOR:Pink
 EYE COLOR:Scarlet

 
見た目は幼い少女だが、魔族である為に様々な力を持つ。
浮遊したまま素早く移動し、相手に攻撃の隙を与えない。
また、無機物や死者を操る力を有している。
但し、深くものを考えたりするのは苦手の様で、感情が高ぶっている時などは判断力が著しく低下する。

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