街を守る結界
文字数 1,603文字
司祭は白壁の正面に立ち、目を瞑った。それから、司祭は大きく息を吸い込むと、小声で何かを唱え始める。詠唱を終えた司祭が目を開くと、彼の前に在る壁は青白く光り始めた。光っている部分は、成人が一人通れる程度の大きさで、空の色を映す海の様に揺らいでいる。
「では、参りますか」
司祭は、光の中へ向かって行った。すると、彼の体は青白い光に飲み込まれ、アークとベネットは司祭の後に続く。彼らが数歩進んだところに広間が在り、その中心部に魔法陣が刻まれていた。その魔法陣は微かに白い光を発しているが、その光は目を凝らさなければ気付かない程に弱々しい。
また、その空間の壁は冷たく無機質で、陣の描かれた床は褐色をした石を敷き詰めて作られていた。堅牢な床の殆どに魔法陣が描かれており、描かれていない部分は端に大人一人が立てる程度の広さである。
「それでは、お願いします」
司祭の声にベネットは頷き、音も立てず魔法陣の中心へ向かった。彼女は陣の中心で目を瞑ると、大きな呼吸を繰り返す。
何度か深呼吸を行った後、ベネットは左手を顔の位置まで上げた。そして、彼女は左手を勢い良く振り下ろして十字架を生じさせると、その存在を確認する様に目を開く。ベネットは、その十字架の下端を魔法陣の中心に下ろすと、目を細めながら小さく息を吸い込んだ。
「ア・イツェー・ハー」
そう唱えるとベネットは一歩前進し、魔法陣の外円を十字架の下端でなぞり始める。彼女が描かれた魔法陣をなぞる度、弱かった光は強くなった。また、円の全てをなぞった瞬間、その光は強さを増す。
「ヴェーア・イーテ・テーエン」
そう唱えながら、ベネットは床に刻まれた弱光をなぞっていく。
「ツェーハ・ウーテン・ゼータ」
そして、残された線が中心部分だけになった時、ベネットは大きく息を吸い込み、目を見開く。
「我が聖なる力を糧に、この地に邪を祓う結界を!」
ベネットは残された線をなぞり、魔法陣の中心に十字架の下端を振り下ろした。すると、魔法陣が発する光は更に強まり、その影響なのかベネットの身に付けていた服がはためき始める。
司祭はその光景を眺めながら頷き、アークは息を飲んでベネットの姿を見つめている。暫くして、服のはためきが収まった時、彼女の体は後方に倒れ始めた。それを見たアークは直ぐにベネットの体を支え、足早に魔法陣の上から立ち退いた。
「無事、結界が張られたようですね。ここに長居する必要は有りません。直ぐに戻りましょう」
司祭の話にアークは頷き、気を失ったベネットを抱き上げた。それを見た司祭は踵を返し、今まで通った道を戻り始める。彼らが廊下に戻ると、役目を終えた通路は消え、青白く光る入口は無機質な壁に戻った。司祭は、確認の為に壁へ手を触れると、細く息を吐きながらアークの居る方へ顔を向ける。
「こちらも問題ありません。後は、人目につかない様に戻りましょう」
司祭はゆっくり歩き始め、アークは彼の後を追い掛けた。地上階へ上がった後、彼らは人の気配に気を付けながら歩き、何事も無いままベネットの滞在する部屋に到着する。部屋に入ったアークは、直ぐにベネットをベッドに寝かせ、体温を逃さぬよう布団を被せる。その後、彼は目を覚ます気配のないベネットを見つめ、心配そうな表情を浮かべて口を開いた。
「これで、良かったのでしょうか?」
アークは司祭の方へ顔を向け、考えを窺おうする。
「彼女が望んだことです」
返答を聞いたアークは唇を噛み、強く拳を握る。
「後は、私がフォローします。貴男は、元居た病室に戻って下さい」
司祭はアークの肩を叩き、退室するよう促した。彼の話を聞いたアークは肯定の返事をなし、静かに病院へ戻っていく。アークが病院へ戻ると、彼が入院していた病室に見慣れた医師の姿があった。彼女は、空のベッドに腰を掛けており、戻ってきた患者の顔を見上げる。