つかみどころのない男性
文字数 1,880文字
「何を思いつめているか知らないけど、ずっと陰気な顔をされると……ね」
男性はザウバーへ近付き、肩を強く叩く。それから、二人は同時に口を開くが、部屋にベネットが入ってきた為、無言で彼女の方へ顔を向けた。ベネットは、その胴体程の幅を持つ鍋を抱えており、その鍋からは白い湯気が立ち上っている。また、その湯気と共にスープの香りも広がっていき、男性はそれへ引き寄せられる様にベネットへ近付いた。
「料理を持ってきました」
ベネットは男性の顔を一瞥し、それから部屋の中ほどに置かれたテーブルを見やる。
「ありがとう。一先ず、テーブルの真ん中に置いちゃって」
男性は、話しながらテーブルへ向けて腕を伸ばし、笑みを浮かべながらベネットの顔を見た。ベネットは、彼が指し示した場所へ鍋を置き、それから男性の方に向き直る。
「そうそう、食器も持ってこないと。ここに居る四人分の」
柔らかな声で話すと、男性はベネットの肩を軽く叩き、部屋を出た。それを見たベネットは、男性の後を追おうと歩き始める。この際、ザウバーはベネットの腕を掴んで止め、訝しそうに振り返る彼女の目を見つめた。
「食器を運ぶ位なら俺にも出来る。お前は休んどけ」
それだけを言い残し、ザウバーは呆気にとられたベネットを横目に、そそくさと部屋から出て行った。
その行動に呆れてしまったのか、ベネットは青年の消えた方を見ると目を瞑り、大きな溜め息を吐いた。そして、彼女は静かにベッドへ近付くと、少年の髪を優しく撫でる。すると、その感触が心地良かったのか、ダームは頬を赤らめ、安心した表情を浮かべる。彼の表情を見たベネットが微笑した時、家主がパンの入った籠を持って戻ってくる。また、その後を追う様にザウバーも戻り、彼は食器類を手に持ったまま仲間の居る方を見た。
家主の男性は、籠をテーブルの端に置くとダームの方へ目線を移した。
「お腹は空いていないのかな?」
ザウバーは彼の様子を眺めながら食器類をテーブルへ置き、気を失ったままのダームを見る。
「とにかく、食べちゃおうか。僕達が食べているうちに、起き出すかも知れない」
そう言って笑うと、男性は部屋の隅に置かれていた椅子をテーブルの周りへ移動させる。しかし、肝心の椅子は二脚しか無く、彼はベッドをじっと見つめると、その端へ腰を下ろした。
「さ、二人も座って。僕だけ食べても、寂しいじゃない?」
男性は笑顔で二人の顔を見つめ、着席を促した。ベネットは、小さく頷いてから椅子に座り、それを見たザウバーは、渋々ながらも腰を下ろす。
「じゃあ、食べようか」
男性は深皿にスープを注ぎ、その器をベネットへ差し出す。すると、ベネットは彼の行動に驚いてしまったのか、静止し目を丸くした。
「作ってくれたんだから、一番に受け取ってよ」
そう言って笑うと、男性は手に持った器をベネットの方へ向けて動かす。その仕草を見たベネットは、少しの間をおいてから両手で器を受け取り、小さく礼を言った。そして、その器を静かに机上へ置くと、気持ちを落ち着かせる為か、目を瞑りゆっくり息を吐き出した。
「どう致しまして。そもそも、君は痩せているんだから沢山食べないと」
男性は、言いながら空の器にスープを注ぐと、無言でザウバーの眼前へ差し出す。ザウバーは、渋々といった様子でそれを受け取ると、耳を澄まさなければ聞こえないくらいの声で礼を述べた。
「あ、そうだ。パンはちょっと堅いかも知れないから気をつけて」
男性は、思い出したように言葉を漏らすと、静かに三杯目のスープを注ぎ始める。そして、彼は注ぎ終えた器をテーブル上に置くと、笑顔を浮かべて木製のスプーンを手に取った。すると、それへ反応する様にベネットもスプーンへ手を伸ばした。
「それじゃ、いただきます」
そう言うやいなや、男性は嬉々とした表情を浮かべ、温かなスープを口へ運んだ。
「うん、美味しい。やっぱ自分で作るより、可愛い女の子に作って貰う方が美味しい」
男性は言葉の真意を誤魔化す為か、片目を瞑り軽い笑いを浮かべる。ザウバーは、彼の言葉に不機嫌そうな表情を浮かべ、無言でスープに口をつけた。一方で、ベネットはどう返して良いか分からず微苦笑し、何の言葉も発しないまま男性の話を待った。
「あ、ごめん、ごめん。今のは気にせず食べて」
彼の台詞にザウバーは小さな溜め息を吐き、静かにパンへ手を伸ばした。