第75話 メロン先輩、本当の名前
文字数 2,900文字
一週間後。
真雪は通学路にある河川敷にいた。
芝生に座ったまま、川の向こう岸をぼーっと眺めている。
河川敷は、ランニングをする人、学校から帰る人、犬の散歩をする人など、たくさんの人が利用していた。
真雪は、先週の出来事を思い出していた。
「ごめんなさい。放送部を辞めたいんです」
千風部長と顧問の先生、クラスメイトの文香にそのことを伝えた。
「……残念だけど仕方ない……か。こっちこそ、無理に誘っちゃってごめんね。オンエア活動をさせてあげたかったんだけど、それも思うようにできなくて」
部長の千風には、逆に謝られてしまった。
真雪はすごく申し訳ない気持ちだった。
でも、これ以上続けてもどうにもならないと思った。
それ以来、家に帰っても何もすることがないので、いつもここに来て時間をつぶしていた。
はぁ、暇だなぁ。
ここに来るのは何日目だろう。
ごろんと寝転がり、空を見た。
ときどき大きな雲が流れていく、どこまでも続く青い空。
ぽかぽか気持ちのいい、ある秋の一日。
目をつむってひそひそと吹く風を感じてると、
「あれ、真雪ちゃん? こんなところで何やってるの?」
真雪の名前を呼ぶ声がした。
はっと目を開けると、目の前に真雪の知っている人がいた。
「あ、メロン先輩」
「そんなところに寝転がってると、背中汚れちゃうよ? ま、でも真雪ちゃんはそんなこと気にしないよね」
「気にしないことはないけど……。ないのかな……」
真雪が上半身を起こす。
案の定、真雪の背中には枯れ草がたくさんくっついていた。
メロン先輩は、真雪の横に座った。
「どうしたの、こんなところで」
「……メロン先輩こそ、何してたんですか」
「私は散歩だよ。気の向くままに、今日は散歩したい気分だったの。そうしたら、偶然に真雪ちゃんを発見したってわけ」
「私も散歩です……たぶん」
「そっか。私と同じだ」
メロン先輩はにこにこしている。
真雪はそれを見て、少し気持ちが軽くなった。
そういえば以前、部室探しのときに協力してもらったお礼、まだ言ってなかったよね。
「あの、部室探しに協力してくれてありがとうございました」
「え? どうしたのいきなり。それってずいぶん前のことじゃない」
「あのとき、ちゃんとお礼が言えてなかったから」
「いいよいいよ、そんなこと。それより、オンエア部は残念だったね。結局、廃部になっちゃったし」
「はい……」
真雪の声のトーンが下がった。
「どうした? もしかして、そのことまだひきずってる?」
「いえ……そうではないんだけど……」
歯切れのわるい返事だった。
それっきり、真雪は黙り込んでしまう。
近くでボール遊びをしている子供たちがはしゃいでいた。
その声だけが、二人の耳に入ってくる。
「……私、放送部に入ったんです」
真雪が話し始めた。
「でも、辞めちゃいました。最初はオンエア部とあまり変わらないだろうと思っていたんですけど、いざやってみるとぜんぜん違ってて。私、何のために部活やっているんだろうなと思ってきて」
言いながら、真雪は目に涙を浮かべる。
そして、小さな声で言った。
「……オンエア部のほうがよかった……」
メロン先輩は黙って真雪の言うことを聞いていた。
そして、
「私もね、部活に入ってた。でも、ずっとさぼってたんだ」
今度はメロン先輩が話し始めた。
「そこには仲のいい友だちがいて、自由気ままな私は、たまに部活に現れるくらいで迷惑ばかりかけてた。まあ、部員は私とその友だちの二人しかいなかったけどね」
メロン先輩が部活をしていた。
真雪にとって、はじめて聞いたことだった。
「それから、三人の後輩たちが部活に入ってきたの。私が部活に顔を出さない間、友だちとその三人、計四人で頑張ってたみたい。私もいつか顔を出そうと思ってたんだけどさ、結局、部が廃部になってそれっきり。後輩たちは私のことを知らないまま、部を去ることになった」
「その話……なんだかオンエア部のことみたい……」
真雪は思ったままのことを言った。
そして、はっと気がつく。
「もしかしてメロン先輩って……オンエア部だったんですか?」
真雪がメロン先輩に聞くと、
「さあ、どうかねえ。それは樹々部長に聞いてくださいね」
メロン先輩は、ごまかすように言った。
「真雪ちゃん。ずっと前、私の本当の名前を知りたがってたよね?」
「はい。メロンはあだ名だって言ってたから」
「私、本当の名前は『西瓜(すいか)』っていうんだ。こう見えても、樹々の大親友だったりします」
「西瓜……西瓜……って、ああっ!」
真雪ははっきりとわかった。
オンエア部には、風来坊でなかなか現れない西瓜という部員がいるという話を、樹々部長から聞いたことがあった。
聞いていた性格もメロン先輩とそっくりだし、西瓜は珍しい名前なので同じ名前の別人と言うことも考えにくい。
ということは……。
「やっぱり……やっぱりメロン先輩はオンエア部だったんですね? 樹々先輩から、西瓜先輩っていう名前を聞いたことがあります」
「お、真雪ちゃん。いつもの元気が出てきた? 思い切って本名ばらした甲斐があったみたいだね」
「はい。なんか……すごく嬉しいです。メロン先輩がオンエア部だったらよかったなあって、ずっと思ってたんで」
「へへっ、そう言われるとなんだか照れるね。ちょっとは部に顔を出してたらよかったかな」
西瓜はそう言ったあと、改めて真雪に聞いた。
いつになく、真剣な顔で。
「……真雪ちゃん、オンエア部でまた活動してみたくない?」
「はい。やりたいですけど……できるんですか?」
「ううん、できないよ」
真雪はずっこけた。
「それじゃあ、意味がないじゃないですか!」
「意味ないねえ。でも、また新しくオンエア部を作ることはできるかもしれないよ?」
「新しいオンエア部……?」
「そ。学校に部の新設届けを出して、部活動として認めてもらうの。これができたら、またオンエア部として活動ができるようになるってわけ」
「そっか。そういうこともできるんだ……」
真雪の心に少し希望の光が見えた。
新しいオンエア部を作ってみたい。
真雪は次第に、そう思うようになってきた。
「ま、そんなに簡単に学校が認めるわけがないと思うけど」
真雪はまたずっこけた。
「それじゃあ、意味がないじゃないですか!」
「意味ないねえ。……さて、どうしたらいいか。一緒に考えてみよう」
西瓜は考えた。
だが、うーんうーんとうねるばかりで、言葉がなかなか出てこない。
「だあああ。ぜんぜん思いつかない。……というわけで、そこは真雪ちゃんが自分で考えて」
「え……私!?」
「あ、私そろそろ帰らないと。それじゃあ真雪ちゃん、またね」
西瓜は立ち上がり、そのまま走り去っていった。
真雪が立ち上がろうとしたときにはもういない。あっという間だった。
「私、考えるのは得意じゃないのに……」
残された真雪は、もう少し河川敷に残って考えてみることにした。
「またオンエア部を新しい部として認めてもらう方法か」
何も思いつかなかったので、しばらくして、真雪も家に帰った。
結局その日、いい考えは思いつかなかった。
真雪は通学路にある河川敷にいた。
芝生に座ったまま、川の向こう岸をぼーっと眺めている。
河川敷は、ランニングをする人、学校から帰る人、犬の散歩をする人など、たくさんの人が利用していた。
真雪は、先週の出来事を思い出していた。
「ごめんなさい。放送部を辞めたいんです」
千風部長と顧問の先生、クラスメイトの文香にそのことを伝えた。
「……残念だけど仕方ない……か。こっちこそ、無理に誘っちゃってごめんね。オンエア活動をさせてあげたかったんだけど、それも思うようにできなくて」
部長の千風には、逆に謝られてしまった。
真雪はすごく申し訳ない気持ちだった。
でも、これ以上続けてもどうにもならないと思った。
それ以来、家に帰っても何もすることがないので、いつもここに来て時間をつぶしていた。
はぁ、暇だなぁ。
ここに来るのは何日目だろう。
ごろんと寝転がり、空を見た。
ときどき大きな雲が流れていく、どこまでも続く青い空。
ぽかぽか気持ちのいい、ある秋の一日。
目をつむってひそひそと吹く風を感じてると、
「あれ、真雪ちゃん? こんなところで何やってるの?」
真雪の名前を呼ぶ声がした。
はっと目を開けると、目の前に真雪の知っている人がいた。
「あ、メロン先輩」
「そんなところに寝転がってると、背中汚れちゃうよ? ま、でも真雪ちゃんはそんなこと気にしないよね」
「気にしないことはないけど……。ないのかな……」
真雪が上半身を起こす。
案の定、真雪の背中には枯れ草がたくさんくっついていた。
メロン先輩は、真雪の横に座った。
「どうしたの、こんなところで」
「……メロン先輩こそ、何してたんですか」
「私は散歩だよ。気の向くままに、今日は散歩したい気分だったの。そうしたら、偶然に真雪ちゃんを発見したってわけ」
「私も散歩です……たぶん」
「そっか。私と同じだ」
メロン先輩はにこにこしている。
真雪はそれを見て、少し気持ちが軽くなった。
そういえば以前、部室探しのときに協力してもらったお礼、まだ言ってなかったよね。
「あの、部室探しに協力してくれてありがとうございました」
「え? どうしたのいきなり。それってずいぶん前のことじゃない」
「あのとき、ちゃんとお礼が言えてなかったから」
「いいよいいよ、そんなこと。それより、オンエア部は残念だったね。結局、廃部になっちゃったし」
「はい……」
真雪の声のトーンが下がった。
「どうした? もしかして、そのことまだひきずってる?」
「いえ……そうではないんだけど……」
歯切れのわるい返事だった。
それっきり、真雪は黙り込んでしまう。
近くでボール遊びをしている子供たちがはしゃいでいた。
その声だけが、二人の耳に入ってくる。
「……私、放送部に入ったんです」
真雪が話し始めた。
「でも、辞めちゃいました。最初はオンエア部とあまり変わらないだろうと思っていたんですけど、いざやってみるとぜんぜん違ってて。私、何のために部活やっているんだろうなと思ってきて」
言いながら、真雪は目に涙を浮かべる。
そして、小さな声で言った。
「……オンエア部のほうがよかった……」
メロン先輩は黙って真雪の言うことを聞いていた。
そして、
「私もね、部活に入ってた。でも、ずっとさぼってたんだ」
今度はメロン先輩が話し始めた。
「そこには仲のいい友だちがいて、自由気ままな私は、たまに部活に現れるくらいで迷惑ばかりかけてた。まあ、部員は私とその友だちの二人しかいなかったけどね」
メロン先輩が部活をしていた。
真雪にとって、はじめて聞いたことだった。
「それから、三人の後輩たちが部活に入ってきたの。私が部活に顔を出さない間、友だちとその三人、計四人で頑張ってたみたい。私もいつか顔を出そうと思ってたんだけどさ、結局、部が廃部になってそれっきり。後輩たちは私のことを知らないまま、部を去ることになった」
「その話……なんだかオンエア部のことみたい……」
真雪は思ったままのことを言った。
そして、はっと気がつく。
「もしかしてメロン先輩って……オンエア部だったんですか?」
真雪がメロン先輩に聞くと、
「さあ、どうかねえ。それは樹々部長に聞いてくださいね」
メロン先輩は、ごまかすように言った。
「真雪ちゃん。ずっと前、私の本当の名前を知りたがってたよね?」
「はい。メロンはあだ名だって言ってたから」
「私、本当の名前は『西瓜(すいか)』っていうんだ。こう見えても、樹々の大親友だったりします」
「西瓜……西瓜……って、ああっ!」
真雪ははっきりとわかった。
オンエア部には、風来坊でなかなか現れない西瓜という部員がいるという話を、樹々部長から聞いたことがあった。
聞いていた性格もメロン先輩とそっくりだし、西瓜は珍しい名前なので同じ名前の別人と言うことも考えにくい。
ということは……。
「やっぱり……やっぱりメロン先輩はオンエア部だったんですね? 樹々先輩から、西瓜先輩っていう名前を聞いたことがあります」
「お、真雪ちゃん。いつもの元気が出てきた? 思い切って本名ばらした甲斐があったみたいだね」
「はい。なんか……すごく嬉しいです。メロン先輩がオンエア部だったらよかったなあって、ずっと思ってたんで」
「へへっ、そう言われるとなんだか照れるね。ちょっとは部に顔を出してたらよかったかな」
西瓜はそう言ったあと、改めて真雪に聞いた。
いつになく、真剣な顔で。
「……真雪ちゃん、オンエア部でまた活動してみたくない?」
「はい。やりたいですけど……できるんですか?」
「ううん、できないよ」
真雪はずっこけた。
「それじゃあ、意味がないじゃないですか!」
「意味ないねえ。でも、また新しくオンエア部を作ることはできるかもしれないよ?」
「新しいオンエア部……?」
「そ。学校に部の新設届けを出して、部活動として認めてもらうの。これができたら、またオンエア部として活動ができるようになるってわけ」
「そっか。そういうこともできるんだ……」
真雪の心に少し希望の光が見えた。
新しいオンエア部を作ってみたい。
真雪は次第に、そう思うようになってきた。
「ま、そんなに簡単に学校が認めるわけがないと思うけど」
真雪はまたずっこけた。
「それじゃあ、意味がないじゃないですか!」
「意味ないねえ。……さて、どうしたらいいか。一緒に考えてみよう」
西瓜は考えた。
だが、うーんうーんとうねるばかりで、言葉がなかなか出てこない。
「だあああ。ぜんぜん思いつかない。……というわけで、そこは真雪ちゃんが自分で考えて」
「え……私!?」
「あ、私そろそろ帰らないと。それじゃあ真雪ちゃん、またね」
西瓜は立ち上がり、そのまま走り去っていった。
真雪が立ち上がろうとしたときにはもういない。あっという間だった。
「私、考えるのは得意じゃないのに……」
残された真雪は、もう少し河川敷に残って考えてみることにした。
「またオンエア部を新しい部として認めてもらう方法か」
何も思いつかなかったので、しばらくして、真雪も家に帰った。
結局その日、いい考えは思いつかなかった。