第28話 さようなら部室
文字数 3,291文字
「こんにちは! お昼の時間がやってきました。学食にいるみんなは元気にしてたかな? 今日はオンエア部の一年生、真雪がオンエアします」
真雪がマイクの音声を切った。
緊張して震える手つきでボタンを押して、なんとかオープニングの音楽を流す。
「真雪ってこういう風にオンエアしてたんだ。はじめて聴いた」
「日菜もはじめてだにゃろ。なんかラジオっぽいのす」
「私は聴いたことあるわ。……といっても、とぎれとぎれにしか聴いたことないけど。改めて聴いてみるとなんだか新鮮」
「あまり真剣に聴かないでほしいな。すごく話しづらいよ……」
真雪は部室にいる三人に向かって言った。
しばらくすると音楽が終わって、真雪があわててマイクの音声を入れる。
「それでは今日の学食放送のスタートです。……今日はチェケラとか言わないで、私のやってみたかったことをやろうと思います」
真雪は一息ついた。
深呼吸をして、台本のページをめくる。
「私、ラジオでFMの音楽とか聴くのが好きです。でも、もうひとつ好きなラジオがあって。とってもめずらしいオンエア。今日はそれっぽい形にしていきたいと思います。それは……」
いったい何が飛び出すのか。
みんなが固唾をのんで見守る中、真雪はマイクの前で別に用意していたもう一冊のノートを開いた。
「私のトークでのオンエアです! 今日は田舎のおばあちゃんの家に遊びに行ったときのお話をしたいと思います!」
あまりにも普通な内容に、後ろにいた三人は少しずっこけた。
ラジオのトーク番組は、めずらしいものでもなく、けっこう多かったりする。
真雪は、物語を朗読するような話し方で、語り始めた。
私のおばあちゃんの家の周りには、広い田んぼがたくさんあります。
周りに建物が何もないので、ずーっと遠くの景色まで見渡せます。
遠くに小さく、民家がぽつぽつとみえています。
さらに遠くには山がみえます。
でも、私はおばあちゃんの家の近くまでしか行ったことがなかったのです。
いつかずっと遠くまで、できれば山のあたりまで行ってみたいなと思っていました。
ある日、私はおばあちゃんに作ってもらったおにぎりと、水筒を持って、山のあたりまで行ってみることにしました。
はじめての大冒険です。
農道をしばらく歩いていくと、田んぼの真ん中に人が立っていました。
ずっと同じ場所に立っているからここで何をしてるんだろうと思っていたら、それはかかしでした。
さらに歩いていくと、水路に小さな魚がたくさん泳いでいました。私が顔を近づけると、魚はさっと逃げていきました。
それからもずーっと歩いたのですが、遠くに見える山にはなかなか近づけません。振り返ると、おばあちゃんの家も見えなくなっていました。
お腹か減ってきたので、おにぎりを食べることにしました。農地用水路の橋のそばに、持ってきた小さなシートを敷いて、おにぎりを食べようとしました。すると、おにぎりが手から落ちてすってんころりん。川に落ちる寸前で、カラスがくわえていきました。でも、残った二つのおにぎりはなんとか食べることができました。
食べた後も歩き続けましたが、なかなか山にはたどり着けませんでした。
かなり疲れていたので、通り道にあった神社の鳥居の下で休憩していました。
気がつけばもう夕方です。辺りは夕焼け色になって、もうそろそろ暗くなりそうです。そこではじめて、早く家に帰らないといけないと思いました。
これまで通ってきた道を、走って戻りました。早くしないと辺りが暗くなって何も見えなくなって怖くなります。でも、どれだけ走っても、家にはたどり着けません。
疲れもピークになり、進む早さもだいぶゆっくりになってきました。それでも時間は待ってくれません。辺りはだんだん暗くなり、私は泣きたくなってきました。
そんなとき、自転車のライトの明かりが後ろから見えてきました。おばあちゃんの家の近くに住んでいる、高校生のお兄さんでした。制服姿だったので、たぶん学校帰りだと思います。
こんなところで何してるのと聞かれて、今までのことを話しました。すると、お兄さんは自転車の後ろに乗せてくれました。一緒に帰ろうと行ってくれました。私は心細かったので、すごく安心できました。
帰り道、お兄さんがいろいろな話をしてくれました。学校であったことや、部活のこと。変な先生がいることとか。
私も学校のことを話しました。お兄さんは、小学校で学年のクラスが5つあると言ったらびっくりしていました。お兄さんは小中学校が一緒で、生徒は全部で10人くらいだったそうです。
おしゃべりしながらの帰り道、とても楽しかったです。
帰る途中で、おばあちゃんとおじいちゃんがこちらに歩いてきているのが見えました。
心配して私のことを捜しにきてくれていたみたいです。私はお兄さんにお礼を言って、おばあちゃんとおじいちゃんとの三人で家まで歩いて帰りました。
こうして私の初めての大冒険は終わりました。とても思い出に残る一日でした。
真雪はノートを閉じて、
「これで、今日のオンエアを終了します。ありがとうございました」
マイクの音声を切って、オンエアを終了した。
オンエアが終わったにもかかわらず、部室の中はしんと静まりかえっていた。
「このお話、どうだったかな……。面白かったかな」
真雪が部室にいるみんなに向かって言うと、
「その、なんていうか……小さい頃の日記を読んだみたい」
「そうね。オンエアとしては斬新だけど、日記みたいね」
「日菜はすごくよかったと思うりゅ? それと日記っぽい話にゃる」
「やっぱり……そうだよね」
オンエアで話をしている途中、真雪も自分でそう感じていた。
「ちょっとラジオっぽくなかったかな」
真雪が言うと、
「過去にあった出来事だけ話しても、ただ日記を読んでるように聞こえるわ。私もトークとかはそんなに詳しくはないけど、もうちょっと何か面白かった話とかを入れるといいんじゃないかな」
樹々が感想を言った。
「面白い話……カラスにおにぎりとられた話みたいなものですか?」
「うん。そういった、聴いてる人の興味を引くようなことかな。そうすれば、次のオンエアはもっといい感じになりそう……」
言いかけて、樹々は言葉を止めた。
今週で閉鎖される学食。
学食放送だけに頼っていたオンエア部の活動も、これからどうなるかわからない。
次のオンエアがあるという話は、今は何とも言えないことだった。
「真雪さん、とにかくお疲れさま。明日のお昼は、この部室での、最後のオンエアです。放課後は部室の片付け。空き教室に機材や荷物を持っていくから、明日の放課後は、この部室に集合ね」
明日の予定を言って、樹々は途中だった食事に戻った。
それから、しばらくは誰も喋ることはなかった。
やがて、一年生が学食を使う順番になると、真雪、明夏、日菜の三人は部室を出て学食に行ってしまった。
「……」
本当にこれでよかったの?
部長として、他に何かできることはなかったの?
真雪に次のオンエアのことを言えなかった自分が、本当に正しいことだったのか、わからなくなった。
樹々は昼休みが終わるまで、何もせずに部室で時間をつぶしていた。
そして、次の日の放課後。
片付けが終わって、部室は何もない空の部屋になった。
「もうここではオンエアできないんだよね」
真雪がしみじみ言った。
「……短い間だったけど楽しかったな」
明夏がぽんぽんと壁をたたきながら言う。
「秘密のオンエア場所がなくなって残念っす。うるる~」
日菜が涙を流す。
「それじゃあみんな、ドア閉めるよ」
部長の樹々が言って、みんなは部室の外にでる。
ガチャ。
部室の鍵を閉める音が空間にが響いた。
それは、この部室との別れの音だった。
「ありがとうございました」
樹々が部室に向かって一礼する。
それにならい、他の三人も一礼をした。
「今日のオンエア部の活動これで終了です。さ、帰ろう」
いつもとは違って、静かな解散。
この場所とは今日でお別れだということを、みんなが改めて感じた瞬間だった。
真雪がマイクの音声を切った。
緊張して震える手つきでボタンを押して、なんとかオープニングの音楽を流す。
「真雪ってこういう風にオンエアしてたんだ。はじめて聴いた」
「日菜もはじめてだにゃろ。なんかラジオっぽいのす」
「私は聴いたことあるわ。……といっても、とぎれとぎれにしか聴いたことないけど。改めて聴いてみるとなんだか新鮮」
「あまり真剣に聴かないでほしいな。すごく話しづらいよ……」
真雪は部室にいる三人に向かって言った。
しばらくすると音楽が終わって、真雪があわててマイクの音声を入れる。
「それでは今日の学食放送のスタートです。……今日はチェケラとか言わないで、私のやってみたかったことをやろうと思います」
真雪は一息ついた。
深呼吸をして、台本のページをめくる。
「私、ラジオでFMの音楽とか聴くのが好きです。でも、もうひとつ好きなラジオがあって。とってもめずらしいオンエア。今日はそれっぽい形にしていきたいと思います。それは……」
いったい何が飛び出すのか。
みんなが固唾をのんで見守る中、真雪はマイクの前で別に用意していたもう一冊のノートを開いた。
「私のトークでのオンエアです! 今日は田舎のおばあちゃんの家に遊びに行ったときのお話をしたいと思います!」
あまりにも普通な内容に、後ろにいた三人は少しずっこけた。
ラジオのトーク番組は、めずらしいものでもなく、けっこう多かったりする。
真雪は、物語を朗読するような話し方で、語り始めた。
私のおばあちゃんの家の周りには、広い田んぼがたくさんあります。
周りに建物が何もないので、ずーっと遠くの景色まで見渡せます。
遠くに小さく、民家がぽつぽつとみえています。
さらに遠くには山がみえます。
でも、私はおばあちゃんの家の近くまでしか行ったことがなかったのです。
いつかずっと遠くまで、できれば山のあたりまで行ってみたいなと思っていました。
ある日、私はおばあちゃんに作ってもらったおにぎりと、水筒を持って、山のあたりまで行ってみることにしました。
はじめての大冒険です。
農道をしばらく歩いていくと、田んぼの真ん中に人が立っていました。
ずっと同じ場所に立っているからここで何をしてるんだろうと思っていたら、それはかかしでした。
さらに歩いていくと、水路に小さな魚がたくさん泳いでいました。私が顔を近づけると、魚はさっと逃げていきました。
それからもずーっと歩いたのですが、遠くに見える山にはなかなか近づけません。振り返ると、おばあちゃんの家も見えなくなっていました。
お腹か減ってきたので、おにぎりを食べることにしました。農地用水路の橋のそばに、持ってきた小さなシートを敷いて、おにぎりを食べようとしました。すると、おにぎりが手から落ちてすってんころりん。川に落ちる寸前で、カラスがくわえていきました。でも、残った二つのおにぎりはなんとか食べることができました。
食べた後も歩き続けましたが、なかなか山にはたどり着けませんでした。
かなり疲れていたので、通り道にあった神社の鳥居の下で休憩していました。
気がつけばもう夕方です。辺りは夕焼け色になって、もうそろそろ暗くなりそうです。そこではじめて、早く家に帰らないといけないと思いました。
これまで通ってきた道を、走って戻りました。早くしないと辺りが暗くなって何も見えなくなって怖くなります。でも、どれだけ走っても、家にはたどり着けません。
疲れもピークになり、進む早さもだいぶゆっくりになってきました。それでも時間は待ってくれません。辺りはだんだん暗くなり、私は泣きたくなってきました。
そんなとき、自転車のライトの明かりが後ろから見えてきました。おばあちゃんの家の近くに住んでいる、高校生のお兄さんでした。制服姿だったので、たぶん学校帰りだと思います。
こんなところで何してるのと聞かれて、今までのことを話しました。すると、お兄さんは自転車の後ろに乗せてくれました。一緒に帰ろうと行ってくれました。私は心細かったので、すごく安心できました。
帰り道、お兄さんがいろいろな話をしてくれました。学校であったことや、部活のこと。変な先生がいることとか。
私も学校のことを話しました。お兄さんは、小学校で学年のクラスが5つあると言ったらびっくりしていました。お兄さんは小中学校が一緒で、生徒は全部で10人くらいだったそうです。
おしゃべりしながらの帰り道、とても楽しかったです。
帰る途中で、おばあちゃんとおじいちゃんがこちらに歩いてきているのが見えました。
心配して私のことを捜しにきてくれていたみたいです。私はお兄さんにお礼を言って、おばあちゃんとおじいちゃんとの三人で家まで歩いて帰りました。
こうして私の初めての大冒険は終わりました。とても思い出に残る一日でした。
真雪はノートを閉じて、
「これで、今日のオンエアを終了します。ありがとうございました」
マイクの音声を切って、オンエアを終了した。
オンエアが終わったにもかかわらず、部室の中はしんと静まりかえっていた。
「このお話、どうだったかな……。面白かったかな」
真雪が部室にいるみんなに向かって言うと、
「その、なんていうか……小さい頃の日記を読んだみたい」
「そうね。オンエアとしては斬新だけど、日記みたいね」
「日菜はすごくよかったと思うりゅ? それと日記っぽい話にゃる」
「やっぱり……そうだよね」
オンエアで話をしている途中、真雪も自分でそう感じていた。
「ちょっとラジオっぽくなかったかな」
真雪が言うと、
「過去にあった出来事だけ話しても、ただ日記を読んでるように聞こえるわ。私もトークとかはそんなに詳しくはないけど、もうちょっと何か面白かった話とかを入れるといいんじゃないかな」
樹々が感想を言った。
「面白い話……カラスにおにぎりとられた話みたいなものですか?」
「うん。そういった、聴いてる人の興味を引くようなことかな。そうすれば、次のオンエアはもっといい感じになりそう……」
言いかけて、樹々は言葉を止めた。
今週で閉鎖される学食。
学食放送だけに頼っていたオンエア部の活動も、これからどうなるかわからない。
次のオンエアがあるという話は、今は何とも言えないことだった。
「真雪さん、とにかくお疲れさま。明日のお昼は、この部室での、最後のオンエアです。放課後は部室の片付け。空き教室に機材や荷物を持っていくから、明日の放課後は、この部室に集合ね」
明日の予定を言って、樹々は途中だった食事に戻った。
それから、しばらくは誰も喋ることはなかった。
やがて、一年生が学食を使う順番になると、真雪、明夏、日菜の三人は部室を出て学食に行ってしまった。
「……」
本当にこれでよかったの?
部長として、他に何かできることはなかったの?
真雪に次のオンエアのことを言えなかった自分が、本当に正しいことだったのか、わからなくなった。
樹々は昼休みが終わるまで、何もせずに部室で時間をつぶしていた。
そして、次の日の放課後。
片付けが終わって、部室は何もない空の部屋になった。
「もうここではオンエアできないんだよね」
真雪がしみじみ言った。
「……短い間だったけど楽しかったな」
明夏がぽんぽんと壁をたたきながら言う。
「秘密のオンエア場所がなくなって残念っす。うるる~」
日菜が涙を流す。
「それじゃあみんな、ドア閉めるよ」
部長の樹々が言って、みんなは部室の外にでる。
ガチャ。
部室の鍵を閉める音が空間にが響いた。
それは、この部室との別れの音だった。
「ありがとうございました」
樹々が部室に向かって一礼する。
それにならい、他の三人も一礼をした。
「今日のオンエア部の活動これで終了です。さ、帰ろう」
いつもとは違って、静かな解散。
この場所とは今日でお別れだということを、みんなが改めて感じた瞬間だった。