第62話 明夏、先輩の家に戻る
文字数 2,279文字
「あー、どうしよ。遅くなっちゃった」
明夏は、帰り道で真雪と別れたあと、商店街にある本屋に寄り道をしていた。
読んでいる漫画の最新刊を買いに行っただけだったが、ついつい立ち読みをしてしまい時間がかかってしまった。
辺りはすっかりと暗くなっている。
「試験前なのに商店街をぶらぶらしてて、ママンに怒られそうだね。……ま、先輩の家で勉強してたって言えばいいか」
いつもの気楽な考えで、のろのろと家に向かって歩いていく。
と、ふと今日の樹々先輩の家で出来事を思い出した。
「……そういえば、ちょうどシャーペンの芯が切れちゃったんだっけ。買っておかないと」
明夏は商店街の文房具屋まで戻っていった。
品ぞろえのいいシャーペンコーナーまで行って、しばらくどれを買おうか迷っていた。
「うーむ、BとHBのどっちがいいか。毎回迷う選択肢だ」
明夏がしばらくそこに立っていると、
「あ、明夏。来てくれてたんだ」
明夏と同じクラスの文香が、店の奥から出てきた。
文香の家はこの文房具屋で、たまに店の手伝いもしている。
「文香~、いいところに来てくれたよ。このBとこのHB、どっちがいいと思う?」
「そうね。おすすめはHBかな? やっぱり普通に人気だし」
「じゃあ、これください」
明夏は迷わずに、おすすめじゃないBのシャーペンの芯を出した。
「明夏、あまのじゃくだね……」
「ま、たまには少数派もいいかな~と思って」
「そうは言っても、Bも人気あるんだよ? ……ま、いいけどね。200円です」
「はい」
明夏がお金を払う。
文香は受け取ったシャーペンの芯を、丁寧に小さな紙袋に包んだ。
「さすが、手慣れてるね」
「何年この家にいると思ってるのよ。もう店のことならだいたいできるよ」
文香は紙袋を明夏に手渡す。
「あ、そういえば。オンエア部の件、聞いたよ。明夏はどうするの? そのまま放送部に入ってくれるの?」
「? 放送部に入る? それって、いったい何のこと?」
明夏はぽかんとした表情で言った。
「え……聞いてないの? オンエア部が放送部と一緒になるって話。部が合併するって話だって聞いたよ?」
「うそっ。そんなこと聞いてないよ。どこからその話を」
「うちの部の部長が言ってた。試験休み中なのに放送部で集合がかかったから、よっぽど大切な話だったんだと思うけど」
「ありがとっ。私、急いで帰るね」
「あっ、明夏。ちょっと」
明夏は全力で走って、今まで歩いてきた道を戻っていった。
先輩の携帯番号、聞いておけばよかった。
とにかく、どういうことなのか戻って先輩に聞いてみないと。
明夏が先輩の家に着いた頃、もう時間は午後八時を過ぎていた。
先輩の家にある別の小屋、勉強部屋の明かりがついていたので、明夏は直接そっちのほうに行った。
息を切らしながら、
「はあっ、はあっ。……先輩、いますか? ……明夏です」
ドアをたたきながら言うと、中からすぐに樹々先輩が出てきた。
「明夏さん。どうしたの? なにか忘れ物でもしたの?」
「違います。……っはあっ。ちょっと……話が……」
「……わかったわ。とりあえず中に入って」
明夏は中に入って倒れ込んだ。
「どうしたのいったい。誰かに追われてたの?」
「違います……はあっ。オンエア部……」
「オンエア部?」
「オンエア部が……なくなるって話を……はあっ……聞いたんですけど」
「明夏さん、どこからその話を……」
「……放送部の……友だちから……聞きました……」
「……」
樹々は覚悟を決めた。
ここまで知られていれば、これ以上隠しても仕方のないことだった。
「ええ。本当の話よ。あなたたちに伝えなきゃいけないって思ってたんだけど……。あれだけ練習して、やる気になっていたのを知ってるから、どうしても言えなかったの。ごめんなさい」
それを聞いて、明夏の体から力が抜けた。
「……先輩は……放送部に行くんですか? オンエア部が……このまま消滅してもいいんですか?」
「オンエア部は続いてほしい。でも、活動する部室も場所もなくなってしまったら、もう部として機能しているとは言えない」
「……」
「今回の公開オンエアの件も却下されたわ。誰も聴いてないオンエアをやりたいのは、ただの自己満足だって言われてね」
「……」
「第二放送室がなくなってしまったから、もう手段がないのよ。第一放送室を使っている放送部に入ったら、もしかしたらオンエアを続けることができるかもしれない」
「……でも、それってもうオンエア部じゃないですよね」
「そうね……。だから私も迷ってるの。放送部にこのまま入るのか、それとも、もうオンエアを辞めるのか」
「辞める……」
その言葉が、明夏の心に重くのしかかってきた。
「先輩がオンエアを辞める必要なんてないと思います! だって先輩は、私たちが入部する前、オンエア部が一人のときでも、ずっとオンエアを続けてきたじゃないですか」
「明夏さん……」
「真雪だって、先輩のオンエアが大好きって言っていました。それをやめてしまったら……私も……悲しくなります」
明夏は立ち上がって、ドアを開けた。
「私、帰ります……」
「ちょっと待って!」
樹々が明夏を止めた。
「明夏さん……あなたはどうするの?」
「……私は……」
今のままがいい。
そう言おうとしたが、言えなかった。
言うことで先輩を迷わせて、このままオンエアを辞めさせることになるかもしれなかったから。
先輩は放送部に入って、オンエアを続けてほしい。
心からそう思った。
「……私はまだわかりません。考えさせてください……」
それだけを言って、明夏は暗い通りへと消えていった。
明夏は、帰り道で真雪と別れたあと、商店街にある本屋に寄り道をしていた。
読んでいる漫画の最新刊を買いに行っただけだったが、ついつい立ち読みをしてしまい時間がかかってしまった。
辺りはすっかりと暗くなっている。
「試験前なのに商店街をぶらぶらしてて、ママンに怒られそうだね。……ま、先輩の家で勉強してたって言えばいいか」
いつもの気楽な考えで、のろのろと家に向かって歩いていく。
と、ふと今日の樹々先輩の家で出来事を思い出した。
「……そういえば、ちょうどシャーペンの芯が切れちゃったんだっけ。買っておかないと」
明夏は商店街の文房具屋まで戻っていった。
品ぞろえのいいシャーペンコーナーまで行って、しばらくどれを買おうか迷っていた。
「うーむ、BとHBのどっちがいいか。毎回迷う選択肢だ」
明夏がしばらくそこに立っていると、
「あ、明夏。来てくれてたんだ」
明夏と同じクラスの文香が、店の奥から出てきた。
文香の家はこの文房具屋で、たまに店の手伝いもしている。
「文香~、いいところに来てくれたよ。このBとこのHB、どっちがいいと思う?」
「そうね。おすすめはHBかな? やっぱり普通に人気だし」
「じゃあ、これください」
明夏は迷わずに、おすすめじゃないBのシャーペンの芯を出した。
「明夏、あまのじゃくだね……」
「ま、たまには少数派もいいかな~と思って」
「そうは言っても、Bも人気あるんだよ? ……ま、いいけどね。200円です」
「はい」
明夏がお金を払う。
文香は受け取ったシャーペンの芯を、丁寧に小さな紙袋に包んだ。
「さすが、手慣れてるね」
「何年この家にいると思ってるのよ。もう店のことならだいたいできるよ」
文香は紙袋を明夏に手渡す。
「あ、そういえば。オンエア部の件、聞いたよ。明夏はどうするの? そのまま放送部に入ってくれるの?」
「? 放送部に入る? それって、いったい何のこと?」
明夏はぽかんとした表情で言った。
「え……聞いてないの? オンエア部が放送部と一緒になるって話。部が合併するって話だって聞いたよ?」
「うそっ。そんなこと聞いてないよ。どこからその話を」
「うちの部の部長が言ってた。試験休み中なのに放送部で集合がかかったから、よっぽど大切な話だったんだと思うけど」
「ありがとっ。私、急いで帰るね」
「あっ、明夏。ちょっと」
明夏は全力で走って、今まで歩いてきた道を戻っていった。
先輩の携帯番号、聞いておけばよかった。
とにかく、どういうことなのか戻って先輩に聞いてみないと。
明夏が先輩の家に着いた頃、もう時間は午後八時を過ぎていた。
先輩の家にある別の小屋、勉強部屋の明かりがついていたので、明夏は直接そっちのほうに行った。
息を切らしながら、
「はあっ、はあっ。……先輩、いますか? ……明夏です」
ドアをたたきながら言うと、中からすぐに樹々先輩が出てきた。
「明夏さん。どうしたの? なにか忘れ物でもしたの?」
「違います。……っはあっ。ちょっと……話が……」
「……わかったわ。とりあえず中に入って」
明夏は中に入って倒れ込んだ。
「どうしたのいったい。誰かに追われてたの?」
「違います……はあっ。オンエア部……」
「オンエア部?」
「オンエア部が……なくなるって話を……はあっ……聞いたんですけど」
「明夏さん、どこからその話を……」
「……放送部の……友だちから……聞きました……」
「……」
樹々は覚悟を決めた。
ここまで知られていれば、これ以上隠しても仕方のないことだった。
「ええ。本当の話よ。あなたたちに伝えなきゃいけないって思ってたんだけど……。あれだけ練習して、やる気になっていたのを知ってるから、どうしても言えなかったの。ごめんなさい」
それを聞いて、明夏の体から力が抜けた。
「……先輩は……放送部に行くんですか? オンエア部が……このまま消滅してもいいんですか?」
「オンエア部は続いてほしい。でも、活動する部室も場所もなくなってしまったら、もう部として機能しているとは言えない」
「……」
「今回の公開オンエアの件も却下されたわ。誰も聴いてないオンエアをやりたいのは、ただの自己満足だって言われてね」
「……」
「第二放送室がなくなってしまったから、もう手段がないのよ。第一放送室を使っている放送部に入ったら、もしかしたらオンエアを続けることができるかもしれない」
「……でも、それってもうオンエア部じゃないですよね」
「そうね……。だから私も迷ってるの。放送部にこのまま入るのか、それとも、もうオンエアを辞めるのか」
「辞める……」
その言葉が、明夏の心に重くのしかかってきた。
「先輩がオンエアを辞める必要なんてないと思います! だって先輩は、私たちが入部する前、オンエア部が一人のときでも、ずっとオンエアを続けてきたじゃないですか」
「明夏さん……」
「真雪だって、先輩のオンエアが大好きって言っていました。それをやめてしまったら……私も……悲しくなります」
明夏は立ち上がって、ドアを開けた。
「私、帰ります……」
「ちょっと待って!」
樹々が明夏を止めた。
「明夏さん……あなたはどうするの?」
「……私は……」
今のままがいい。
そう言おうとしたが、言えなかった。
言うことで先輩を迷わせて、このままオンエアを辞めさせることになるかもしれなかったから。
先輩は放送部に入って、オンエアを続けてほしい。
心からそう思った。
「……私はまだわかりません。考えさせてください……」
それだけを言って、明夏は暗い通りへと消えていった。