第17話 放課後の落語女子

文字数 2,243文字

 放課後。
 教室で、部活に行く前のちょっとした時間。

 真雪は帰り支度の途中で、近くの席にいる明夏のところまで行った。

「明夏ちゃん、部活一緒に行こう?」

 明夏も真雪と同じオンエア部。
 仲良しの二人は、オンエア部に一緒に入部していた。

「あ、ごめん。先に行ってて。私、ちょっと先生に呼び出されて」
「明夏ちゃん、一体何を……」
「わかんな~い。心当たりがたくさんありすぎて、一体どれのことだか」
「……ひどく怒られないことを祈ってるよ」

 明夏はたくさんの荷物を担いで、教室を出ていった。
 残った真雪は、帰り支度をするために自分の席へと戻る。

 いつもどおりの光景。
 真雪が高校に入学して、人生初の部活動を始めてから一ヵ月、この生活にもずいぶん慣れてきていた。

 私も早く部活に行こうかな。
 ……と、その前に。明日の授業の予習のために教科書とノートを持って帰らないと。予習を忘れたら、明夏ちゃんみたいに先生に呼び出されそう。

 引き出しに入っていた教科書やノートを、鞄の中に詰め込んでいく。
 部活を始める以前は放課後に、教室で予習などをやってたりしたが、部活を始めてからはずっと、家に持って帰ってするようになった。

 こういうのっていいよね。
 いかにも「部活してます!」
 って感じで。
 ちょとかっこいいかも。

 今まで部活に入部したことのなかった真雪にとっては、小さいことの一つ一つが新鮮な経験だった。
 何もないのに一人でにやにやしているその様子は、周りから見れば、ちょっと危ない人に見えるのかもしれない。

 あっ、いけないいけない。
 私、かわいい女の子キャラ(自称)で通ってるんだから。
 にやにやじゃなくて、スマイルスマイル。

 誰かに今の顔を見られてなかったか、ちらちらと周囲を確認してみる。だが、誰も真雪のことを見ている人はいなかった。
 みんなは教室の前のほうに集まっていて、何かを見ているみたいだ。
 真雪は一人、ぽつんと教室の後ろのほうにいた。

 あの人混み、何だろう?
 みんな、何を見てるのかな?
 ……ちょっと気になる。

「ねえねえ、どうして集まってるの?」

 真雪は人混み中にいたクラスメイト、美雪ちゃんに話しかけた。

「日菜ちゃんが落語をやってるみたいよ」
「落語? それってなに?」
「みんなに聞かせるための面白い話みたい」
「へえ」

 日菜と呼ばれた女子生徒は、大きな座布団の上に正座という格好で、みんなに向かって話をしている。
 落語がどんなものなのか見たくて、真雪は輪の中に入ってみた。

「あは、なんか仕草がおもしろーい」
「なあ、今週のアレ、見た?」

 日菜は懸命に話をしているが、みんなは落語の珍しさに集まっているだけで、あまり話の内容は聞いてないみたいだった。
 写メを撮ったり、とりあえず座って周りと雑談していたり。

 日菜にとってはちょっと気の毒な光景だった。

 ちなみに、日菜は真雪のクラスメイト。
 一緒にオンエア部に入部した友だちだった。

 真雪は、日菜の話を少し聞いてみる。

「はい、そこで登場したのが秘密を知っているさくらさん。これは驚き桃の木なんとやらですよ。さくらさんなのに桃の木とはこれいかに? それは私のひしゃくです。返しておくんなまし。そしてそして、我らが十郎太が池に飛び込んでどぼーん。水が辺りに飛び散って、ひしゃくがなくても水がかかる。あっはっは、こりゃ面白い」
「……」

 何を言っているのかよくわからなかった。
 みんながちゃんと聞いていない理由も少しわかった気がした。

 それでも、日菜の話をよく聞きたかった真雪は、いつの間にか列の一番前まで来てしまった。
 そこで、日菜とばっちりと目が合ってしまう。

「およ? これはこれは」

 日菜は真雪が見に来ているのに気が付いた。

「ゆきちゃん、今から部活行くのす? じゃあ、日菜も一緒に行くざまずよ。……というわけでみなさま、今日はこの辺でお開きとさせていただきやす」

 日菜がそう言うと、人だかりは一気に散っていき、さっきまでのにぎやかな空気が、一瞬にして寂しくなってしまった。

 教室内は、あっという間に真雪と日菜の二人だけ。
 他のみんなは、次の新しい刺激を求めて旅立って行ったらしい。

「……何というか、みんな変わり身早いよね」
「みんな面白いことが大好きなんだにゅ。日菜が落語やるって言ったら、すぐに集まってきてくれたっす」
「普段の学校生活って、面白いことがあまりないもんね。毎日、同じことの繰り返しというか」
「あ、それとってもわかるにゃす。だから日菜もいつもとは違ったことをやりたくなるんだと思ふ」

 日菜は立ち上がって、敷いていた座布団を拾い上げる。

「うん。私もいつもと違ったことをやってみたいなぁ。毎日きらきらできるような」
「ゆきちゃん、だったら一緒に漫才コンビでもやるっすか? きっと毎日面白いことだらけになるもよ?」
「……それはちょっと恥ずかしいです」

 真雪は自分が漫才をやっているところを想像して顔を赤くした。

「漫才だったら、明夏ちゃんと一緒にすれば面白くない? 二人とも漫才師っぽいからいいかも」
「何言ってるにょすか。ゆきちゃんだから意外性があって面白いと思うっすよ。さあ、ゆきちゃん。日菜と一緒にぜひ!」
「それはいやだ~。あ、日菜ちゃん。部活部活。早くしないと先輩が待ってるよ」

 真雪は荷物を持って教室を出て行った。

「ちょっとまっておくんなまし。日菜はまだ準備ができてないのっす」

 結局、真雪は日菜の準備を待ってから、二人一緒に部室へと向かった。
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登場人物紹介

真雪(まゆき)


主人公。

ちょっと人見知りする高校一年生。

明夏(めいか)


真雪の親友。

活発でレトロゲームが好き。

日菜(ひな)


真雪のクラスメイト。

ちょっと変な性格で語尾が変。特技は自己流の落語。

樹々(じゅじゅ)


オンエア部の部長。

いつも冷静でクールな先輩。

メロン先輩


真雪に親切にしてくれる謎が多い先輩。

自由気ままな人。

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