第55話 日菜のながーい練習オンエア

文字数 5,631文字

「これで私の番はおしまい。次に二人のどちらか、準備してね」
「お、いいのですかい? ではでは、次は日菜がいきまーす」

 日菜は立ち上がった。

「シュッシュッシュッ! お菓子も食べて元気がでてきてるのねん」

 その場でいろんなポーズを決めて、すごくやる気があるように見える。
 日菜はしばらく踊り続けて、やがて、特設放送席に落ち着いた。

「じゃあ、ゆきちゃんと先輩は、学食で食事をしている人の役をやってくださいっす」
「私たちが?」
「真雪さん、やりましょう」
「やるって、いったいなにを……」

 樹々先輩は正座になって、真雪の方を向く。

「おかえりなさい。ご飯の用意できてるわよ」
「え? ……あっ! ……それはおままごとです!」
「ふふっ、冗談よ。ちょっとやってみただけ」

 樹々はたまに真顔で面白いことを言う。
 意表をつかれた真雪は、つっこみが数秒遅れてしまった。

「それじゃあ今度は普通に。真雪さん、このエスカルゴ定食おいしいわね」
「学食に普通、エスカルゴとか出ないと思うんですけど……」

 それでも樹々先輩は顔色一つ変えずに演技をしている。
 この辺りはさすがといった感じである。

「ではではみなさま、日菜のお昼の公開オンエアのはじまりですよ」

 日菜は座布団に座って話を始めた。

 やっぱり日菜ちゃんは落語をするのかな。
 まじめに聞いたことなかったから、ちょっと楽しみ。

 日菜の落語。教室では人こそ集まっていたものの、その内容をまじめに聞いている人は誰もいなかった。
 今回はこの場所で日菜の落語が聞ける!

 ……と、思っていたが、

「……今日はトークをやってみるにょす」
「落語じゃないの?!
「たまには違うのもやってみようかなと思えてきたっす。日菜、落語だけが人生じゃないですから。ぐふぉふぉ!」
「それも面白いわね。日菜さんのトーク、どんな内容なのかしら」

 樹々先輩は楽しんでいるようだったが、

「日菜ちゃんのトーク? え? え? 訳のわからない系?」

 真雪は意表をつかれてちょっと混乱していた。

「じゃあ、始めるよん。……ぽっ、ぽっ、ぽっ、ぴー」

 日菜はテレビやラジオで流れる時報のような音を出した。
 それから、大きく息を吸い込んで、

「日菜の学食ランチタイム、はじまりだにゅるー!!

 大声でタイトルを言った。
 あまりにも大声だったので、真雪は耳がきーんとなった。

「声は大きすぎたけど、かっこいいタイトルだね」

 真雪が耳を押さえながら言うと、

「日菜さん、学食ランチタイムって……それじゃあ、日菜さんが学食でランチを食べてるだけに聞こえるわ」
「ふぇ? タイトルおかしいっすか? じゃあ、ちょっとかえてみるぴよ。……日菜の学食オンエアタイム~! ……これでどうっすか?」

 樹々のつっこみに、日菜がすぐに訂正した。

「いいわね。それならこれからオンエアが始まるぞって気持ちになる。真雪さんもそう思うでしょ?」
「……はい」

 日菜が訂正する前のタイトルをかっこいいと言った真雪は、ちょっと複雑な気分になった。

「学食にいるみなさん、こんにちはにゅる。今日はオンエア部が、公開生オンエアをやってみたいと思ってるので、よろしくなのです。えへっす」

 日菜が目元でピースサインをして、ウインクした。
 人に見られていることをちゃんと意識した行動。
 いま学食で公開オンエアをしていると想像しても、なんの違和感もなかった。

「日菜ちゃんすごい。プロみたい」
「さすが。人前で落語をやっていることだけはあるわね」
「うへっ。そんなに言われると照れるなう」

 調子が出てきた日菜は立ち上がった。
 それは、カラオケで思わず立ち上がって歌ってしまうあのタイミングと同じだった。

「さてさて、今日から始まった新しい試み。この公開生オンエアは、私たちオンエア部が考え出したことであります。さて、本日の内容は……」

 日菜がしゃべらなくなって、しばらくこの場に沈黙の時間が流れた。
 口をぱっくりと開けたまま、全くしゃべろうとしない。

「?」
「?」

 真雪と樹々も、不思議に思った。

「……あの、日菜さん。どうしたの? 急に黙り込んで」
「えへっ。どんなトークにするのか、内容を考えてなかったじぇろ」
「ずこーっ!」

 真雪は一人だけ、派手にずっこけた。

「真雪さん、ずいぶん古典的なずっこけね。昭和のギャグマンガ並みの派手さだったわよ」
「ほっといてください……」
「じゃあ日菜さん、できるところまでアドリブでやってみて」
「アドリブってなんぞやですかい?」
「台本を見ながらすることじゃなくて、即興でやってみることよ」
「なるほど~。了解っす! ……じゃあ、日菜の質問コーナー! ちゃんちゃん」

 日菜はマイク代わりの電気スタンドを持って放送席を立つ。
 そして真雪の前に来て、真雪に電気スタンドを向ける。

「さて、お昼を食べているゆきちゃんに質問です。今日は何を食べているのですかよ?」
「えっ、私? あっ、あ~……カレーライス……です」

 真雪は学食でいちばんに思いついたメニューを答えた。

「おおっ、これはカレーライスですか?! 私にはC定食に見えるのですが」
「えっ、どういうこと? 日菜ちゃん、これって演技だよね?」
「日菜さん……話をややこしくしないでね」
「あい、失礼しました。カレーライスですね? カレーライスは好きなのですか?」
「はい、大好きです。学食のカレーライスはちょっと私には辛いけど、それでもおいしいです」
「カレーライス愛がすごいですね! さあ、ゆきちゃん。カレーライスと愛し合いましょう!」
「愛し合いましょうって……ぷよぷよのアリィさんみたいなことを言われても……」
「真雪さん、ここは少し話に乗ってあげてみて」
「はあ……。ええっと、カレーライス大好きー! 愛してます!」
「ぷぷっ!」

 真雪の言葉に、樹々が吹き出して笑った。

「……先輩。面白がって話に乗れって言ったでしょ……」
「ごめんなさい。真雪さんのカレーライス愛を確かめてみたくて」
「もう。樹々先輩まで私をからかって」

 真雪はほっぺをふくらませた。

「では、ゆきちゃんにもう一つ質問です。学食のカレーライスとカツカレー、どっちが好きですか?」
「どっちも好きです」
「だめです~。どちらかを選んでほしいのです~。すっすっす~」
「どちらかと言われても……どっちだろう」

 カレーライスもカツカレーも、基本は同じだよね。
 カツカレーはカレーライスにカツが入ってるってだけで。
 でも、トッピングがあるとちょっとスペシャル感が出てくるかも。
 ……あ、そういえば私って学食でまだカツカレーを食べたことない。
 ということは、答えはこれしかないよ。

「カレーライスです。カツカレーは食べたことがないので」
「わかりました! カレーライスおいしいです! では次、樹々先輩に質問です!」

 ……これでおしまい?

 なにかつっこんで聞かれると思っていた真雪は、少し拍子抜けした。

「……樹々先輩には、好きな人がいますか?」

 うわっ、これはすごい質問だよ!
 樹々先輩の好きな人って、すごく興味がある!
 いったいどんな人が好きなんだろう。

 真雪は自分への質問ではないのにどきどきしていた。
 いっぽう、いきなり好きな人の話をされても、樹々先輩はまったく動揺していなかった。

「そうねえ。私のすきなのは……」

 どきどき。
 どきどき。

「……真雪さん」
「ええっ!?

 真雪は驚きのあまり大声を出した。

「ちょ、ちょっと先輩。私たち女の子同士だし、そんなことは……いや、その」

 真雪は一人であたふたしていた。

「あの……真雪さん、ちょっと勘違いしてない? 私は『真雪さん、息が荒いようだけど大丈夫?』って言おうとしただけよ?」
「あ~っ。ゆきちゃんまさか、先輩に自分のことが好きって言われたと思ったっすか?」
「私はてっきり、その……あの……恥ずかしい!」

 真雪は顔が真っ赤になった。

「……それでは、気を取り直していってみましょう。先輩、本当の所は誰なんですか?」
「今はいないわ。オンエア部が恋人みたいな感じね」
「おおっ、たのもしい部長の言葉をいただきました。ありがとうございます。それでは、次のコーナーいってみましょう」

 日菜は周りにある本棚から、本を一冊取り出した。

「ページ数を当てようクイズです! 日菜がしおりをはさんだページが何ページなのか当ててもらいます。ページが近かった方の勝ちで、負けたら罰ゲームでっすー」

 日菜ちゃんの考える罰ゲームって、とんでもないことのような気がする。
 これは負けられない!

 真雪は真剣に答えようと思った。
 対する樹々のほうは、なにやら余裕の表情で構えている。

「それでは、問題ですよ? このページは何ページでしょう?」

 日菜はすっと、とあるページにしおりをはさむ。

 何ページくらいだろう?
 50ページくらいかな……。

 真雪が思っていると、目の前でなにやらぶつぶつと言っている声がした。

「……あの本の全体ページはおおよそ160。日菜さんがはさんだページは真ん中よりの少し後ろのほう。ということは……」

 樹々先輩、私が思っているよりもすごく真剣だ!
 どうしよう、私もちゃんと計算しないと先輩に負けちゃうかも。

 真雪はよくわかってないなりに、計算をしてみた。
 そして……。

「ではでは、二人の答えいってみましょう。まずは樹々先輩から」
「その厚さでその位置なら、110ページくらいじゃないかしら」
「おっ、しっかりと計算した答えですね。それじゃあ次、ゆきちゃん」
「……80ページ」

 計算が途中からうまくいかなかった真雪は、結局、勘で答えを言った。

「答えが出揃ったところで正解発表です! じつはまだ日菜も答えを知らないので楽しみなのです」

 日菜がしおりにはさまれたページをめくる。

「答えは、106ページと107ページの間にはさまれていました~! 答えが近かったのは樹々部長です! すごいっす。これはニアピン賞ものっすよ!」
「そ、そんな~」

 真雪は力が抜けて、その場に寝そべった。

「ふふっ。私の勝ちね。でもよかった。計算がうまくいってて」
「はぁ……。こういう計算ができる先輩がうらやましいです」
「それでは、負けたゆきちゃんには罰ゲームをやってもらいまする。ゆきちゃん、こちらへどうぞ」

 日菜が手招きすると、

「ふぁーい。何やらされるのか、ちょっとこわいよ」

 真雪は日菜の待つ、特設放送席へとやってきた。

「さ、ここに座るよろし」

 いかにも怪しいクッションが置かれていた。

「日菜ちゃん。このクッションに何か仕掛けてないよね? 座ったらおならの音が出るとか」
「そんなものはないでありんすよ。もっとすごいものかもしれないのです」
「余計に座るのがいやなんだけど……」

 真雪は、おそるおそるクッションに近づく。
 そして、ゆっくりとそのクッションに座った。

「……………………あれ? 特に変わったところはないんだけど。これが罰ゲーム?」
「罰ゲームはここからですたい。てってれー、穴に糸を通した五円玉~」

 日菜はポケットから糸付きの五円玉を取り出した。

「さ、今からゆきちゃんには催眠術にかかってもらうのですよ。準備はいいかな?」
「ぜんぜんよくないんだけど……」
「あなたはだんだん眠くなーるーほーどー」

 日菜は糸の端を持って、真雪の目の前で五円玉を振り子のようにぶらぶらさせる。

「どうですか? だんだんと眠くなってきましたかい? ニッヒヒヒ」
「笑い方が魔女みたいで怖いよ……」

 真雪は全く眠くならなかった。

「ゆきちゃん、ちゃんと五円玉を目で追わないとだめにょろよ。そうしないと効果がないどすから」
「目で追う…………あ、ちょっと眠くなってきたかも」
「ぶるんぶるん、大車輪!」

 日菜は振っていた五円玉を、今度は思い切りぐるぐると回転させる。
 真雪も、それには目が追いつかなくなってきた。

「ああ、今度は目が回ってきてるぅ~」
「そして今度は……秘技、いくでござる!」

 日菜は五円玉の回転をやめると、今度は葉っぱで五円玉を隠して見えなくした。

「……日菜ちゃん、なにやってるの?」
「木の葉隠れでござる!」
「それってなにか違うような……」
「ところでゆきちゃん、まだ眠くならないのかにょ?」
「うん、全然」
「ううむ。日菜にはまだ催眠術は難しかったですかね。では次に……」
「まだやるの?! せ、先輩~。さっきのでもう罰ゲームは終わりですよね?」

 日菜はまた真雪に罰ゲームをしようとしたが、これには、真雪も樹々に助けを求める。

「……先輩?」

 樹々は返事をせず、下を向いたまま動かない。

「?」

 真雪が近づいてみると、

「……」

 樹々はいつの間にか眠ってしまっていた。
 真雪は起こさないようにひそひそ声で日菜に言った。

「先輩、寝ちゃってる」
「おおっ。もしかしたら日菜の催眠術が、ゆきちゃんじゃなくて先輩にかかってしまったのかもしれないにょす」
「それはちょっと違うような……」

 真雪は、先輩が一人だけ暇だったから、眠ってしまったと思っている。
 このままでは起きそうにないので、日菜は樹々先輩の肩をゆさぶってみた。

「先輩、起きてくださいにょろ~。朝ですにょす~」
「んっ、んん……」

 先輩はゆっくりと目を開けた。

「あっ、ごめん。私、寝ちゃってた? なんだかすごく眠かったから……。昨日の夜、寝るのが遅かったからかな。ふあぁ……」
「ドンマイでっす! では、続きをやるのですよ!」
「あ、ちょっと待って」

 日菜が特設放送席に戻る前に、樹々は止めた。

「日菜さんはもういいわ。このまま続けても終わりが見えないから。次は真雪さんね」
「ええっ、そんな~なのですよ。日菜はまだまだ」
「交代です。これ以上やると、また眠くなってしまいそう」
「なぬっ? やっぱり日菜の催眠術が効いてたのかぬお?」
「……真雪さん。準備、お願いね」
「はい……」

 日菜の言葉は無視して、樹々は言った。
 実際のところ、日菜の催眠が効いていたかは疑問である。
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登場人物紹介

真雪(まゆき)


主人公。

ちょっと人見知りする高校一年生。

明夏(めいか)


真雪の親友。

活発でレトロゲームが好き。

日菜(ひな)


真雪のクラスメイト。

ちょっと変な性格で語尾が変。特技は自己流の落語。

樹々(じゅじゅ)


オンエア部の部長。

いつも冷静でクールな先輩。

メロン先輩


真雪に親切にしてくれる謎が多い先輩。

自由気ままな人。

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