第63話 日菜の選択

文字数 2,071文字

 次の日。
 明夏はいつもよりも早く学校に着いた。
 教室の前まで来たのはいいが、扉の鍵が閉まっていることに気がついた。

「あ~、やっぱ誰もいない。ちょっと早く来すぎたかー」

 昨日の夜、オンエア部がなくなることを、真雪に電話で話そうと思ったけどできなかった。

 真雪、公開オンエアをするって言ってはりきってたからなぁ。
 どうやって話そう。

 職員室まで教室の鍵を取りに行っている途中、

「およ? めいちゃんじゃないっすか。今日は早いっすね」

 ちょうど教室の鍵を持った日菜が、階段から上がってくるのが見えた。

「おはようにょす!」

 日菜が独特の挨拶をした。
 そのまま二人で並んで、教室まで歩いていく。

「おはよ。日菜っていつもこんな朝早くに来てるの?」
「たまに一番に教室に入りたくなるときがあるのする。そういうときは、早く学校に来るんだすよ。めいちゃんもあるでひょ?」
「私はないよ……。今日はたまたま家を出るのが早かっただけ」
「そうにょすか。でも、一番に教室にはいると、とっても気持ちがいいにゃすよ」

 教室の前までやってきた。
 日菜が鍵を開けて、扉を全開に開く。

「さ、めいちゃん。一緒に入ろうにゃる。今日は二人で一番乗りっすよ」

 日菜は明夏の手をとって、教室の前に並んだ。

「いいですかい? せーので中に入るにゃる」
「よーし。わかった」

 明夏にとって教室に一番乗りはどうでもよかったが、なんだか楽しそうなのでやってみることにした。

「せーの」
「せーの」

 声を合わせて、一緒にぴょんとジャンプして二人同時に教室に入った。
 中に入ると、ぶわっと熱気があったと同時に、いつもの教室のにおいがしてきた。

「めいちゃんと一番乗りなりー! やったね!」

 日菜は喜んでいる。

「ささ。めいちゃんこれから教室のカーテンと窓を開けるにょろよ。一番に教室に来た人の特権っす」

 日菜は鼻歌を歌いながら、校庭側のカーテンと窓を開ける。
 明夏は、廊下側の窓を開ける。
 
 日菜はオンエア部が放送部に吸収されることを知ってるのかな……。

 ふと、明夏は考えた。
 今の楽しそうな様子を見るところ、たぶん知らないのだろう。
 話してみようかなと思ったが、やっぱりやめておいた。

 明夏は自分の席に座って、英語の教科書を開く。
 テストまでもうすぐなので、少し勉強しておこうと思っていた。

「おお~、朝から勉強とは、めいちゃんすごいっすね。今度のテストは満点とれるかもしれないにょろ」
「そんなことないって。私、中間の成績がよくなかったからさ、勉強しておかないとまずいわけよ」
「それは日菜も同じにゃる。赤点が3科目もあったでござるよ」
「真雪以上じゃない! あんたもちゃんと勉強しておかないと」
「そうでござるな。ではでは、拙者も早朝勉強の開始でござる」

 日菜は明夏の横の席について、同じ英語を始めた。

「そこ、日菜の席じゃないよ?」
「今はめいちゃんと勉強したいっすよ。この席の人が登校してきたら、自分の席に戻るっす」

 日菜も勉強を始めて、静かな時間になった。

 ……。

 それから5分くらい経っただろうか。
 ふと、日菜が明夏に話しかけてきた。

「……めいちゃんはどうするっすか?」

 また沈黙。

「どうするって……なにを?」
「オンエア部が放送部になっちゃうらしいのです。……めいちゃんは、部活を続ける気でいるのですか?」

 明夏は顔を上げて日菜の方を向いた。
 日菜は今にも泣きそうなうるうる顔になっている。

「日菜……そのこと知ってたの?」
「昨日、メロン先輩って人から聞いたっす~。オンエア部が廃部になるって、うぅ~」
「そうだったんだ……」

 てっきり知らないのかと思っていた。
 日菜もオンエア部の今後のことを気にしていたみたいだ。

「……私はさ、もともと真雪の連れでオンエア部に入った感じだったんだ。だから、そこまでは未練がないっていうか。この際だからオンエア部を辞めて、違うこと始めてもいいかなと思ってる」
「……めいちゃんはやっぱり辞めちゃうにょすね」
「……。日菜は? すごく入部したがってた部活だし、続けていくんでしょ?」
「日菜がやりたかったのはオンエアなのです。放送ではないのですよ」
「でも、オンエア部も放送部も、やってることは似たような感じじゃない?」
「ぜんぜん違うにゃる。放送部にはエンタメ性がまったくないなすよ」

 たしかに、オンエア部に比べると、放送部には少し堅いイメージがある。

「みんなを楽しませるのがオンエア部っす。日菜はそれが理由でオンエア部を選んだのですよ」
「日菜……じゃああなたも……」
「辞めるです。放送部に入っても、日菜がやりたいことはできないですよ」
「でも、放送部にいれば、いつかはできるようになるかもしれないよ? 新しい学食ができたら、お昼にオンエアも」
「……日菜はそれまで待っていられる自信がないにょろ……」

 またしばらく、二人の間に沈黙があった。
 そして、

「おはよう! 二人とも朝から勉強? すごいね」

 クラスの子が続々と教室に入ってくる時間になった。
 明夏はそれ以上、日菜と話をすることはできなかった。
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登場人物紹介

真雪(まゆき)


主人公。

ちょっと人見知りする高校一年生。

明夏(めいか)


真雪の親友。

活発でレトロゲームが好き。

日菜(ひな)


真雪のクラスメイト。

ちょっと変な性格で語尾が変。特技は自己流の落語。

樹々(じゅじゅ)


オンエア部の部長。

いつも冷静でクールな先輩。

メロン先輩


真雪に親切にしてくれる謎が多い先輩。

自由気ままな人。

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